カテゴリー「旅と鉄道」の170件の記事

国鉄特急色の臨時特急、川越線をはしる

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川越発日立ゆき臨時特急「小江戸川越の風」 新扇橋@JR川越線川越~南古谷
撮影2023年7月15日 Sony RX100M6/Capture One 20

 JR川越線に国鉄特急色をまとった臨時特急列車が走ると知り、久しぶりに撮り鉄してきました。川越の風景にあっては斬新ながら、田んぼと国鉄色との組み合わせは完成されたカラーリングであり、懐かしき昭和の鉄道情景でもあります。家から自転車でちょろっと出掛けただけなのに、なんか距離的にも時間的にも遠くへ行った気になりました。

 じつはこの子(E653系1000番台K70編成)、4年前にも同じ姿で川越線を走っていますが、当時は快速でした。今回は特急です。記憶の限りにおいて、臨時とは言え、おそらく川越線史上初の優等列車ではないでしょうか。車窓もまた違って見えるでしょう。

(第1119号)

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深まる秋 奥武蔵簑山をあるく

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 前回の紅葉狩り第2弾から2週間、少し消化が進んできたところに好天の土曜日です。朝早く目が覚めて、ならばと、とくにあてもなく奥武蔵の簑山(標高587m)へと向かいました。なんとなく外秩父の、低山里山の紅葉が見られれば御の字と‥‥

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26年前、札沼線新十津川駅にて

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 26年前の1994年5月15日、大学時代の友人らとともに、「学園都市線」と名を変えたJR札沼線(さっしょうせん)の末端・新十津川駅に立っていました。司法書士の登録をしてまだ1か月あまりの頃。列車本数は1日3本でした。

 札沼線は、その名の通り、かつて札幌(の隣駅の桑園)と石狩沼田(留萌本線、雨竜郡沼田町)を結んだ111.4kmの路線で1935年10月3日に全通しましたが、1972年6月18日をもって利用率の低い新十津川~石狩沼田34.9kmを廃止。その後、石狩当別駅を境に大きく分けられ、南側は電化され朝夕は毎時3本の電車が走る一方、北側は非電化のまま、2016年3月26日以降には浦臼以北が1日1往復の最少運行と成り果てました。

 もはや公共交通としての体をなしておらず、石狩当別の隣の北海道医療大学駅より北の区間47.6kmについて、今年2020年5月7日での廃止が決まっていました。しかし!そんな札沼線の最期の日々にもコロナ禍です。
 緊急事態宣言を受けて4月15日、JR北海道は、最終運行日を4月24日に繰り上げると発表。翌16日の夜には、なんと次の日の17日にさらに前倒しすると急遽発表し直し、廃止日を待たず列車の運行が打ち切られました。こんなことってあるのか‥‥ 拙くもせめてこうして記録に留めてあげたいと思いました。

<撮影> 1994年5月15日 JR札沼線新十津川駅/北海道樺戸郡新十津川町
<参考文献> 『 鉄道廃線跡を歩くVIII 』 宮脇俊三編著、JTB、2001年

(第1064号)

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桜満開での名残雪をゆくレッドアロークラシック

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本川越発西武新宿ゆき特急「小江戸」 西武新宿線南大塚~新狭山川越市南台一丁目
撮影2020年3月29日 Sony RX100M6

 西武特急レッドアロー号。初代5000系の塗色をまとった2代目10000系NRAの1編成「レッドアロークラシック」が2020年3月で池袋線・秩父線から退き、新宿線の特急「小江戸」として川越で日々見られるようになりました。
 その転属まもなく訪れた桜満開でのなごり雪。こんな光景こそ一期一会に違いないでしょう。ただ、なごり雪にしては降りが豪快に過ぎて、うまく絡めたつもりの桜が桜と分からぬ仕上がりに‥‥ 久しぶりの撮り鉄にしては条件が厳しかったかもしれません。それでも地元の西武線でかなりの遠征感を味わえ充実お得な撮影行でした。

(第1062号)

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ロウバイ咲く宝の山にて

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 5年ぶりにロウバイ咲く宝の山、宝登山へ。秩父鉄道の長瀞駅から一気に登って山頂一帯のロウバイを愛で、長瀞アルプスを下って冬木立の森歩きも楽しみました。ロウバイの幸せ色と芳しき香りに包まれ、澄んだ青空に奥秩父連山を一望する低山歩きは、行きが東武線、帰りが西武線で、ぐるぅっと地元を一回りする鉄道小旅でもありました。

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 宝で始まる名の山は生まれ故郷石川県にもあります。宝達山637m。この高さにして能登半島の最高峰で、金沢から七尾線に乗り津幡で北陸本線を分けてほどなく右の車窓に宝達山を見ると、はるばる帰ってきたことを実感します。
 つい1週前にそんな車窓を眺めてきたばかりで、宝つながりの山にて遠き郷里を、そして過ぎ去りし遠き日々を想う今日この頃であります。

*撮影2020年2月2日 宝登山ロウバイ園/埼玉県長瀞町

(第1056号)

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北陸新幹線初乗車

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 3月で金沢開業5周年を迎える北陸新幹線に先週末、初めて乗りました。よんどころなき事情で約11年ぶりに奥能登の穴水まで急ぎ帰らねばならず、日帰りの予定で家を出ました。

 車窓の山々を名指している間もなく新幹線は大宮~金沢間を約2時間で走ってしまいます。始終発の「かがやき」を使えば穴水に7時間も居られるのです。この高速鉄道のおかげさまにより私にとって貴重で尊く掛け替えのない時間が得られたことに深く感謝します。

【写真】 北陸新幹線「かがやき」号 W7/E7系 2020年1月26日 金沢駅にて

(第1055号)

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16年前、三江線口羽駅にて

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 2002年3月、当時加入していた某任意団体の全国大会のついでで、中国地方のローカル線をいくつか巡りました。可部線、三江線、そして木次線です。
 とにかく本数が少なくて、当時、三江線の起点である山陰本線江津駅を午前中に出発する列車は6時32分発の浜原行き1本(次は14時50分発!)しかありません。途中乗り継ぎ芸備線に乗り換え、備後落合から木次線を乗り通して宍道駅へと辿り着けるのは17時31分。実際に踏破した者だけが知る、この地域の鉄道時間の遠大さです。

 それから16年。2018年3月31日をもって三江線江津~三次108.1kmが廃止、すでに可部線の可部~三段峡46.2kmは2003年11月30日廃止されています。JRが狙う次の標的は木次線でしょうか??
 これらがもはや鉄道としての機能・特性を発揮できていない現状があるにせよ、交通弱者の足であり国民総有だった財産がこうしてむざむざ棄てられていく様は遺憾としか言いようがありません。

【写真: 浜原発三次行き普通列車445D/三江線口羽駅/島根県邑智郡羽須美村(現・邑南町)にて2002年3月4日撮影】

(第985号)

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ヒガハスでパイパイカシオペア

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上野発青森ゆき団体専用臨時列車「カシオペア紀行」 9011レ 東北本線 東大宮~蓮田“ヒガハス”
撮影2017年8月12日 Canon PowerShot G1 X markII / Adobe Lightroom5.7

 山の日の三連休に高い稜線の山歩きを企んでいたんだけど、天候不順ゆえ止めて家で読書三昧でした。そんななかの12日午後、当日の青森行き団臨カシオペアにパイパイ(※国鉄EF81型電気機関車81号機の俗称)が就くとの噂を聞きつけ、最寄りのヒガハスまで撮り鉄してきました。
 EF81の原色ローズピンクをまとったパイパイは、いま日本で最も端麗なる現役の機関車であろうと私は思っています。実物に見惚れて写真はちょっとしくじりました。連写が利かないコンデジでの一発勝負ですんで、お察し下さいまし。

(第958号)

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ゲサンク降臨

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上野発盛岡ゆき団体専用臨時列車「カシオペア紀行」 9011レ 東北本線 東鷲宮~栗橋“ワシクリ水沢
撮影2017年4月22日 OLYMPUS STYLUS 1s / Adobe Lightroom5.7


 いわゆる“大人の事情”で北海道へ渡れなくなった寝台列車カシオペア。札幌定期運行の廃止後は、牽引する機関車が国鉄時代のEF81に戻され、今やすっかりネタ列車として定着した感があります。
 ほぼ1か月ぶりに運転された先週末、元青森所属のゲサンクこと139号機が登板と聞きつけ、馳せ参じました。どうです、この面構え! 双頭連結器や庇など特殊装備をまとい、厳めしさでコイツの右に出る者はいません。ただ当日は、電池忘れたり雨模様だったり辛い条件でして、アリバイ的になんとか撮れましたの結果でした。

 ワシクリ水沢踏切アウトカーブ。以前からキャパの狭いこの場所が、架線柱の建て替えでさらに狭くなったように見受けます。厳密なるベスポジ定員は1名。リベンジは場所取りからして容易でなさそうです。

(第938号)

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さらば北海道夜行よ

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札幌発上野ゆき団体専用臨時列車「カシオペア紀行」 8010レ 東北本線 栗橋~東鷲宮“ワシクリ島川”
撮影2017年2月20日 OLYMPUS STYLUS 1s / Adobe Lightroom5.7

 いま上野札幌間を散発的に走っている団体列車「カシオペア紀行」の運用が、今週末2017年2月25日上野発の1往復をもって終わります。金輪際カシオペアは北海道に渡らないのだそうです。これにより1988年3月13日の青函トンネル開業時から続いてきた北海道夜行の命脈が完全に断ち切られます。そこで終焉目前の姿を撮影してきました。

 東京に戻ってくる同列車が埼玉県内を通過する時刻は、私が一番多く乗っていた「北斗星6号」のスジに近く、同列車にかつてのブルートレインの姿とその車窓を重ね見てしまいますが、すべて過去帳へ。いざさらば、さらば北海道夜行よ、いい夢を見させてもらいました。

(第930号)

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