カテゴリー「能登」の30件の記事

ばあちゃん、逝く

 大好きだったばあちゃんが逝ってしまいました。93歳でした。
 ぼくにとって、大きな、まんで大きなお母さんでおいでました。

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石川県鳳珠郡穴水町諸橋地区の海岸にて 撮影2020年1月26日

(第1057号)

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北陸新幹線初乗車

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 3月で金沢開業5周年を迎える北陸新幹線に先週末、初めて乗りました。よんどころなき事情で約11年ぶりに奥能登の穴水まで急ぎ帰らねばならず、日帰りの予定で家を出ました。

 車窓の山々を名指している間もなく新幹線は大宮~金沢間を約2時間で走ってしまいます。始終発の「かがやき」を使えば穴水に7時間も居られるのです。この高速鉄道のおかげさまにより私にとって貴重で尊く掛け替えのない時間が得られたことに深く感謝します。

【写真】 北陸新幹線「かがやき」号 W7/E7系 2020年1月26日 金沢駅にて

(第1055号)

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10年前、奥能登にて

 2005年3月31日を跨ぐ1週間、私は、出生地である奥能登に張り込んでいました。同日をもって廃止される「のと鉄道能登線」(石川県・穴水~蛸島間61キロ)の最期を見届けるためです。それから10年が過ぎようとしています。いま見上げている空だけが当時と繋がっている唯一の現実です。

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 主に最終日に撮影した写真を寄せ集め、廃止直後に制作した写真コラージュ『のと鉄道能登線最期の24時間』(上)と各写真の説明書き(pdf)。 

 なお、リサイズ処理を除いて、当時の制作物及び説明書きには一切手を加えていません。若干穏やかならぬ文章表現も見受けられますが、本記事の意図をお酌みいただき、ご了承願えれば幸いです。

(第775号)

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ふるさとが近きになりて思ふこと

 北陸新幹線の長野金沢間が開業しました。大宮から約2時間で金沢まで行けるようになり、かつて室生犀星が「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と詠んだ北陸と首都圏がぐっと近くなった、と新聞には書かれていました。しかし、それは光の部分であって、影の部分に目を向けるとどうでしょう――。

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 出身地である石川県鳳珠郡能登町。その役場所在地である宇出津までのルートを振り返ってみました。北陸新幹線の計画が決まった私がまだ子どもの頃は、国鉄1社「川越から宇出津ゆき」の1枚の切符で済み、東京から鈍行を乗り継いでも1日で行けました。

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能登線追憶(18)

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 ちょうど24年前の1988年3月24日、JR能登線最後の日。穴水―蛸島間を6両編成仕立ての記念列車「サヨナラJR能登線」号が走った。500円で線内1日乗り放題のフリーきっぷを買って、祖母や従弟らとともに汽車の人となった。時代はまだ昭和だ。
 JR穴水駅1番線ホームは、記念列車を見送る人で埋まっていた。鉄道能登線にとっては小学校の卒業式のごとし。この日を境に運行の担い手が「JR」から「のと鉄道」に変わるだけで、能登線は能登線で在り続ける。人々の表情に惜別の寂しさはあっても悲しみはない。

 当時の国鉄に見切りをつけ、早期の廃線指定を陳情してまで、石川県が先頭に立って旗をふり鉄道として残したマイレール能登線。それからわずか17年後、同じ石川県が旗をすげ替えることによって、再びこのホームでこの光景が繰り広げられる未来をまだ誰も知らない。

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▲動き始めた汽車の窓から……。
 写真上下とも、JR七尾線・能登線の穴水駅にて1988年3月24日筆者撮影

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▲この日使用した「ありがとうJR能登線」キーホルダー付き「さよなら能登線フリーきっぷ」

(第511号)

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能登線追憶(17)

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のと鉄道能登線蛸島駅 2005年2月11日撮影(石川県珠洲市)
Canon IXY DIGITAL400/Photoshop Lightroom3.6にて現像

「蛸島(たこじま)は奥能登にある遠い遠い終着駅で、金沢から急行でも三時間一〇分、各駅停車だと五時間もかかる。」――宮脇俊三著『終着駅』(河出書房新社・2009年)より引用。

 夕闇迫る蛸島駅のホームに立つ。金沢から160キロ、奥能登の果てる終着駅。駅員はおらず、汽車を待つ人もいない。雪が風にあおられ、しゃりしゃりと降り積もっていく。都会ではラッシュアワーだが、およそ文明的な音は聞こえてこない。
 それでも決まった時刻になると、駅は灯り、汽車がくる。丘をぬけ、やってきた汽車のライトはどこかメルヘンチック。ほんに小さな汽車だけど、温もりたちをたくさん乗せてやってくるんだ。

(第502号)

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能登線追憶(16)

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のと鉄道能登線矢波駅 2005年2月14日撮影(石川県鳳至郡能都町=当時=)
CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 日本海に防波堤のよう突き出た能登半島。荒波が押し寄せる北側を外浦といい、半島に包み込まれた南側を内浦という。真冬であっても波穏やかな内浦沿岸を、かつて能登線が29の駅でつないでいた。
 そのなかで一番海に近い駅、矢波。ホームに立つと、遮るものは何もない。小さな待合室に入り腰をおろせば、見えるのは海だけだ。雪の止み間、陽射し降り注ぐ浜辺ではウミネコたちが羽を休めている。汽車を待つ時間(とき)の波音はどこまでもやさしい。

(第501号)

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能登線追憶(15)

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のと鉄道七尾線能登三井―穴水間をゆく、輪島発金沢行き急行「能登路4号」
2001年2月11日撮影 CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 のと鉄道七尾線穴水~輪島間の廃止が1カ月後に迫る2001年2月、私は、雪の能登路にありました。この鉄道の最期の冬景色を見届けるため、わずか2日ながら滞在。けれど向かう道中、吹雪く深夜の能登有料道路でブレーキに異常を感じ、JAFに救援要請。レッカー同乗にて金沢へと引き返した記憶は、いまでも鮮明です。
 そんなことがあって結局、1日1往復の急行「能登路」撮影はワンチャンス。膝上まで雪に埋まる斜面で近づく汽車を待っていたら、鈍色に覆われていた空がひらき始めました。ほどなく満員の乗客を乗せた急行列車が、やわらかな陽射しにつつまれ、ゆっくりと、そして静かに通り過ぎていったのでした。

 いまから10年前、穴水より先が切り捨てられた七尾線。それからわずか4年後、今度は穴水起点の能登線も見捨てられることになります。春が待ち遠しいこの時期になると、来て欲しくない春のあった過去を思い出さずにはいられません。

(第424号)

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能登線追憶(14)

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のと鉄道能登線甲~鹿波間 “甲入江”付近を快走する普通列車
2004年10月11日撮影 CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 甲(かぶと)駅を出発した上り列車は、大きく左にカーブしながら、波静かな甲入江の岸辺に沿って高度を上げていく。このあたり穴水湾北湾沿岸は「七浦七入(ななうらなないり)」と呼ばれるリアス式海岸の絶景だが、甲~比良(びら)間の能登線は山へと分け入り、野並トンネルや線内最長の川尻トンネル(1259m)でトヤン高原を越える。

 近づく汽車に向け左手を挙げると、運転士が軽い警笛を鳴らし応えてくれた。真っ正面の“特等席”でこちらに敬礼している少年の姿が印象的だった。

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七浦七入夕景。能登線中居駅近く、並行する国道249号線の「中居湾ふれあいパーク」にて2004年11月撮影。中居~比良間の能登線車窓からも見られた七浦七入の風景でもある。

(第401号)

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能登線追憶(13)

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 不定期ながら続けている「能登線追憶」シリーズ(?)に、2度目の七尾線登場です。
 いまから10年前、七尾線の穴水―輪島間は、それぞれ最後の季節を過ごしていました。その姿を記憶と記録に残したくて、その年は何度か能登に通いました。夏雲立つ炎天下のもと、穴水と輪島の間を朝から晩まで駆けずり回っていたことを、今年の夏の暑さが思い出させてくれます。

 その能登に、今年はまた帰れそうもありません。ただ、こうして追憶にひたることで、気持ちだけでも帰れたような気になりました。それにしても、あれからもう10年……アルバムの1つも作れておらず、無為に時間を過ごしていることを実感します。

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写真は上下とも、のと鉄道七尾線穴水―能登三井(みい)間にて2000年8月撮影。下の列車は、金沢発輪島行き急行「能登路1号」。CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

~追伸~
 のと鉄道の無人駅(西岸駅)を活用し「駅舎マーケット」を始めた方がいます。
  ・西岸駅舎きまぐれ報 http://notogishi.exblog.jp/
 先日ご紹介した秩父鉄道の記事でも触れましたが、こうした価値ある“資産”が積極的に利活用されていくのは素晴らしいことです。というか、鉄道会社自らが、もっともっとそういうことに目を向けるべきなのですが…(それを実践しているところは、どこも“元気”ですね)。

(第382号)

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