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能登線追憶(18)

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 ちょうど24年前の1988年3月24日、JR能登線最後の日。穴水―蛸島間を6両編成仕立ての記念列車「サヨナラJR能登線」号が走った。500円で線内1日乗り放題のフリーきっぷを買って、祖母や従弟らとともに汽車の人となった。時代はまだ昭和だ。
 JR穴水駅1番線ホームは、記念列車を見送る人で埋まっていた。鉄道能登線にとっては小学校の卒業式のごとし。この日を境に運行の担い手が「JR」から「のと鉄道」に変わるだけで、能登線は能登線で在り続ける。人々の表情に惜別の寂しさはあっても悲しみはない。

 当時の国鉄に見切りをつけ、早期の廃線指定を陳情してまで、石川県が先頭に立って旗をふり鉄道として残したマイレール能登線。それからわずか17年後、同じ石川県が旗をすげ替えることによって、再びこのホームでこの光景が繰り広げられる未来をまだ誰も知らない。

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▲動き始めた汽車の窓から……。
 写真上下とも、JR七尾線・能登線の穴水駅にて1988年3月24日筆者撮影

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▲この日使用した「ありがとうJR能登線」キーホルダー付き「さよなら能登線フリーきっぷ」

(第511号)

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