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能登線追憶(16)

Noto_02923
のと鉄道能登線矢波駅 2005年2月14日撮影(石川県鳳至郡能都町=当時=)
CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 日本海に防波堤のよう突き出た能登半島。荒波が押し寄せる北側を外浦といい、半島に包み込まれた南側を内浦という。真冬であっても波穏やかな内浦沿岸を、かつて能登線が29の駅でつないでいた。
 そのなかで一番海に近い駅、矢波。ホームに立つと、遮るものは何もない。小さな待合室に入り腰をおろせば、見えるのは海だけだ。雪の止み間、陽射し降り注ぐ浜辺ではウミネコたちが羽を休めている。汽車を待つ時間(とき)の波音はどこまでもやさしい。

(第501号)

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