« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月の6件の記事

高水三山をあるく

 高水三山とは、東京都青梅市に位置する、惣岳山(そうがくさん、標高756m)、岩茸石山(いわたけいしやま、793m)、高水山(たかみずさん、759m)の3山を総称する呼び方。山と渓谷社発行の『東京周辺の山』によれば、「三山を結んで縦走するコースは行程も手頃で、標高1000メートル以下の低山のわりには充実した山歩きが楽しめる。はじめて奥多摩の山を訪ねる人におすすめしたい」と紹介されています。三山とも、ここ川越から見える山でもあります(→第413号)。
 今回は、西武線各駅で配布されているハイキングマップにしたがって、JR青梅線の御嶽駅(245m)から時計回りで三山の頂を踏み、同線軍畑駅(240m)に下山するコースを家族で歩きました。歩行距離は約9.2km、高低差は約550mでした。

Iwatakeishiyama_p2
岩茸石山からの北西側展望。中央奥ピークのすぐ左が川苔山、いずれは登ってみたい。

Iwatakeishiyama_p1
同じく岩茸石山から。1枚目(上)の写真に東側の展望をプラスした写真。正面が北。

 三山最高峰の岩茸石山は頂上部が広く、北側は大きく開き、奥多摩&奥武蔵の山並みや都心方向を見渡せます。先日登った棒ノ嶺(→第422号)も間近に見えます。その棒ノ嶺と同様、天気によっては日光連山も遠望できるようですが、この日は無理。ただ、雲取山や大菩薩嶺は見えていました。曇天予報にしては、まずまずだったと思います。

続きを読む "高水三山をあるく"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

法律新聞アンケートにみる司法書士の憲法感覚

 週刊法律新聞は2010年6月、全国の司法書士500人を対象に、司法書士をめぐる現状についての意見を聞くアンケートを実施しました。アンケート用紙には、実名掲載にて回答を紙面に掲載すると明記されており、58人から回答を得た旨報じられていました(→同紙2010年7月23日付け第1861号)。回答の具体的内容は、同号より12回にわたって分載。直近2011年1月14日付け第1881号をもって、連載がようやく完結しました。

 私が注目していたのは、アンケート項目の5番目。「強制加入団体である司法書士会と司法書士政治連盟の関係を問題視する見方があります。現在の関係が不透明だと感じていますか。」との問いが設けられていました。これに対し、27人が「全く感じない」という回答をしています。

 アンケートで問われた両者の関係に関して私は、2009年7月以降何度も、具体的な事実を示し違法性にも言及する意見を公表してきました。アンケート実施の約3カ月前には、同紙論壇欄に、『司法書士会と政治団体、関係の「峻別」求める』と題する拙稿も掲載していただきました(→同紙2010年3月12日付け第1844号)。この論文記事は、当ブログ(→第317号)のほか、日本司法書士会連合会が運営する司法書士会員限定のネット掲示板「nsr2」にも転載しています。
 それでも、「全く感じない」と、自ら進んで名乗りを上げた方が27人もいらっしゃるということです……。そこで参考までに、掲載された27人のお名前と所属会、そして各自の意見を引用のうえ、まとめて紹介しておくことにしましょう。なお、※「 」内が、各自の意見として紙面に掲載されていた文章です(明らかな誤記を含め原文ママ引用しました)。

 以下、引用始め――。

続きを読む "法律新聞アンケートにみる司法書士の憲法感覚"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

能登線追憶(15)

Noto_w1626_1
のと鉄道七尾線能登三井―穴水間をゆく、輪島発金沢行き急行「能登路4号」
2001年2月11日撮影 CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 のと鉄道七尾線穴水~輪島間の廃止が1カ月後に迫る2001年2月、私は、雪の能登路にありました。この鉄道の最期の冬景色を見届けるため、わずか2日ながら滞在。けれど向かう道中、吹雪く深夜の能登有料道路でブレーキに異常を感じ、JAFに救援要請。レッカー同乗にて金沢へと引き返した記憶は、いまでも鮮明です。
 そんなことがあって結局、1日1往復の急行「能登路」撮影はワンチャンス。膝上まで雪に埋まる斜面で近づく汽車を待っていたら、鈍色に覆われていた空がひらき始めました。ほどなく満員の乗客を乗せた急行列車が、やわらかな陽射しにつつまれ、ゆっくりと、そして静かに通り過ぎていったのでした。

 いまから10年前、穴水より先が切り捨てられた七尾線。それからわずか4年後、今度は穴水起点の能登線も見捨てられることになります。春が待ち遠しいこの時期になると、来て欲しくない春のあった過去を思い出さずにはいられません。

(第424号)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

半吉

 いつものように初詣は少し遅め、3連休初日に家族そろって川越大師喜多院へ。これまたいつものように、護摩修行を受け、不動明王札をいただきました。そのときおみくじが長蛇の列だったので、きょう改めて、札納めがてら出向き引いてきました。出てきた籤札は第六十一番「半吉」。さっそく文面を辿ってみましょう。

「舊偬何日解」
 過去の身のあやまちがいつ溶けることかと、不安になるでしょう。
「戸内保嬋始※」
 家に美人を入れ、これを世間に公表しようとするとは、自分の生活を反省することなく、節操のないことです。家内和合を心がけましょう。
「要逢十一口」
 十一口とは重ねてみれば吉の字となります。すなわち、吉を望んで努力すれば、必ずめぐって来るでしょう。
「遇鼠過牛邊」
 人の寝しずまる夜も、起きて働くよう努力しましょう。
※原文は、始の字の「口」の部分が「日」です。Img_6606

 「半吉」も吉運の1つなのでしょうが、書かれていることは「凶」より辛いかも知れません。日本国語大辞典精選版によれば、半吉とは、「半分が凶で半分が吉であること。転じて、全く絶望でなく、多少見込みのあること」だそうです。やっぱ、半分は凶なんだ……。

続きを読む "半吉"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ひだまりの棒ノ嶺にて

 奥多摩と奥武蔵を分ける棒ノ嶺(ぼうのれい・ぼうのみね)にて、今年の“山登り初め”をしてきました。棒ノ嶺は、東京と埼玉の境に立つ標高969mの山。棒ノ峰と表記されたり、棒ノ折山(ぼうのおれやま)とも呼ばれたりしています。鎌倉時代の武将・畠山重忠が山越えに使っていた石杖がこの地で折れたという伝説が山名の由来だとか。

 棒ノ嶺を選んだのは、山頂からの眺望。北東側が大きく開けていて、奥武蔵、外秩父の山並みはもちろん、気象条件によっては、榛名山、赤城山、武尊山から谷川連峰、そして日光連山までもが一望できます。今回うっすらながらも、それらを見ることができました。雪を抱いた尾瀬の燧ヶ岳も同定できました。

・真北を正面に向くとこんな感じです。↓↓(以降すべてクリックで拡大)
P1150391

・パノラマ写真だとこんな感じ。↓↓(手持ち撮影4枚の合成。失敗気味ですが)
Bounomine_p

・遠くの山並みが見えるよう加工した写真がこちら↓↓(中央に見えるのが燧ヶ岳です)
P1150395_1

続きを読む "ひだまりの棒ノ嶺にて"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

年賀状2011

2011_nenga

  謹んで新春の御祝詞を申し上げます

旧年中は、格別のご厚情をいただきまして、誠にありがたく存じます。
本年もいっそうのご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
 2011年元日

 雨潸潸の尾瀬ヶ原風景――。雨を選んで行くわけでもないのに、雨に降られることが多かった昨年の尾瀬通いの日々。さながら私の2010年を象徴するかのようです。風雨に晒されている大湿原の真ん中にあって、でも、足もとの木道は、曲がりくねりながらも遙か先へとつづいていました。
 雨が落ちても、風が荒れても、この道を前に進んでいくしかありません。だってこの道を通ることしか今は許されていないのですから……。この先どうするかは私の自由、私が決めていかねばならぬことです。苦難の道かもしれません。しっかりとした哲学をもってまた1年、歩んでいきたいと思います。

(第421号)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »