障害者施策における“合理的配慮”という視点
“合理的配慮(Reasonable accommodation)”――。日本ではまだ馴染みの薄いコトバかも知れませんが、2006年12月、国連総会で採択された『障害者の権利に関する条約』(以下、条約)に明記された障害者施策における基本概念です。欧米では、条約に先んじた法制化もなされています。“障害者に対し合理的配慮を提供しないことが差別にあたるのだ”という形で使われ、障害を理由とするあらゆる差別を禁止する条約において、明確に定義づけられました。
具体的には、条約の第2条において、
・ 「障害を理由とする差別」とは、障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。
・ 「合理的配慮」とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
…と定義づけられました(以上、外務省仮訳より引用)。条約では、教育や雇用の場を中心に、障害者に「合理的配慮が提供されること」の確保が締結国の義務だとされています。
簡単にいうと、障害者に対し積極的に何かをすることだけが差別だというのではなく、消極的で何もしないでいることも差別になりうるのだ、ということです。ただ、合理的配慮のさらなる具体的内容については、障害の種類や程度、そして場面によって多岐にわたるため、一言では言い表せません。
日本では、憲法14条が法の下の平等を定め、04年の障害者基本法改正によって、「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」という条文が設けられています(障害者基本法3条3項)。すでに法律上、直接の差別自体は禁止されているのです。
しかし、何が禁止される差別にあたるのか具体的な定義づけがなく、差別があった場合の担保措置も講じられていません。このままでは条約の批准(=署名した条約に対し、国家として正式に同意すること)ができない国内状況です。
条約は、中国など20カ国の批准によって08年5月に発効。10年12月現在、すでに96カ国が批准しています(日本は07年9月に署名済み)。条約の早期批准を目指す国としては、まず、障害者施策全般の基本となる障害者基本法から、抜本的に改める必要が出てきました。条約締結に向けて、国内法制の整備を図ることは急務なのです。
そういう状況にあって先週12月17日、政府の「障がい者制度改革推進会議」が、9月6日以降11回の会議を経て、障害者基本法改正の方向性を示す第二次意見を取りまとめました。
公表されている意見書の素案によれば、「合理的配慮」という文言が25回も出てきます。それだけ、日本の法制度や社会の枠組みが、障害者に対する「合理的配慮」に欠けているということなのでしょう。政府は、この第二次意見を踏まえた障害者基本法改正案を、来年の通常国会に提出する予定です。日本の障害者政策はいま、こうして大きく変わろうとしています。
* * *
ところで、第二次意見では、教育に関する施策について、「障害のある子どもが小・中学校等(とりわけ通常の学級)に就学した場合に、例えばわかりやすい授業や教材、必要なコミュニケーション、学校における移動支援、医療的ケア等、その他各人のニーズに応じた合理的配慮が提供されなければならない。当該学校の設置者は、追加的な教職員配置や施設・設備の整備等の条件整備を行うために計画的に必要な措置を講ずるべきである」といった表記がなされています。条約24条2項d号では、合理的配慮に加えて、「教育制度一般の下」での「必要な支援」の提供確保も求めています。
埼玉県立の特別支援学校において、看護師を配置しておきながら、その看護師が実施できる医療的ケアを厳しく制限する一方で、仕事を持つ保護者でさえ学校に常時待機させ処置をさせている埼玉県教育委員会(→第333号、第338号参照)。その実態を「保護者の方にご協力をいただかなくてはならないケース」と是認する上田清司埼玉県知事(→第378号、第381号参照)――。
これらは果たして、合理的配慮の否定でしょうか、それとも直接差別でしょうか。いずれにせよ、日本が署名済みの条約によって禁止される差別であることに変わりはありません。県教委も県知事も、“合理的配慮”という世界標準の視点に立って“必要な支援”を提供する障害者施策を実行すべきであり、それはもはや義務なのだ、と言ってもいいと私は思います。
*関連記事
障がい者制度改革推進会議が第一次意見書まとめる(第356号)
県のきまり こと 埼玉県立特別支援学校医療的ケア体制整備事業実施要項(第361号)
上田清司埼玉県知事から手紙が届く(第381号)
*追加関連記事
改正障害者基本法の成立におもうこと(第462号)
*参考
障害者差別撤廃に具体策…基本法改正案(読売新聞)
障がい者制度改革推進会議:施策で2次意見案(毎日新聞)
障害者基本法改正への第二次意見を取りまとめ―制度改革会議(医療介護CBニュース)
合理的配慮について(文部科学省・特別支援教育の在り方に関する特別委員会配付資料)
(第417号)
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