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ことしも尾瀬大好きの半年を総括

 奥武蔵の丸山に行った11月3日、じつは今年最後の尾瀬山行を企んでいました。当日の天気予報は気圧配置が西高東低の冬型、尾瀬は悪天候が予想されたため前日に見送る決断をしました。じっさい、本格的な雪となり降り積もって冬山へと変身した模様です。
 立冬の7日までに尾瀬ヶ原各橋の橋板も取り外され、8日には津奈木橋~鳩待峠の車道が冬期閉鎖となります。今度という今度こそ、私の『尾瀬シーズン2010』も本当に終わりです。

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 去年の『総括』で今年の目標とした、ミズバショウ、山小屋泊まり、そして尾瀬沼は全部やり遂げました。で、来年は…というと、控え目に1つだけ。強い想いを抱きながら今年実現できなかった「白い尾瀬」をぜひとも見てみたい、と思っています。

        *        *        *        *
 では今年も、尾瀬について書いた記事をリンクでまとめ、“尾瀬病”に冒されたこの半年を振り返っておくことにします。

・ミズバショウ咲き始める早春尾瀬ヶ原 前編(第352号) 後編(第353号)
 一般的には、尾瀬=水芭蕉のイメージですが、それは尾瀬のほんの一部分の顔に過ぎません。でも、清冽さ極まる雪解け水と残雪との三位一体は、この時季だからこそなのでしょう。

・ワタスゲそよぐ初夏の尾瀬ヶ原 前編(第364号) 後編(第365号)
 この時期が尾瀬の穴場だということを再確認しました。ヤマドリゼンマイの生命感、レンゲツツジの情熱感、そしてワタスゲ花穂の幻想感。この三位一体もこの時季ならではです。この日同行した友人は、その後、尾瀬病を発症したようです(^^)。

約20年ぶりとなる尾瀬沼へ (第366号)
 初の男だけ親子山旅。大清水からの一ノ瀬林道で「つまらん」「帰りたい」と愚図った長男は、なぜか三平峠を越えるキツイ登りで水を得た魚のように。子育ては想定外の日常化です。

続・約20年ぶりとなる尾瀬沼へ (第367号)
 車道の通じていない尾瀬の山小屋で、こうして生ビールが飲めるのは、“樽”を担いで運び上げてくれるボッカさんのおかげです。感謝、感謝、感謝です。初めて見る尾瀬沼東岸や大江湿原の風景に乾杯!

白虹たつ尾瀬沼の黎明 (第368号)
 まさか見られるとは思ってもいなかった白い虹。霧の夜明けは幻想的で、尾瀬沼の神秘さは想像以上でした。まさに山紫水明ここにあり。

初めての尾瀬沼周遊 (第369号)
 尾瀬沼は、じつに豊かな森に囲まれています。いつか紅葉の盛りに周遊してみたいものです。ひとくちに尾瀬と言っても、尾瀬沼と尾瀬ヶ原では全く別の趣をもったところだということがよくわかりました。

・初秋の気配漂う尾瀬ヶ原にて 前編(第372号) 後編(第373号)
 この時期も尾瀬の穴場だということを再確認しました。ミズバショウにニッコウキスゲといった主役処はありませんけど、小さな花たちが咲き競っています。風雨の尾瀬も、たまにならいいかもしれません。

・秋晴れの尾瀬に行く 前編(第383号) 後編(第384号)
 私のように写真を撮りながら歩く者にとって、このルートの日帰りは忙しかったように思います。見どころが多いので、足早に通り過ぎるのはもったいない。泊まれるのなら、八木沢道を下ってみるのもいいかもしれません。

今年6度目の尾瀬 (第385号)
 尾瀬の短いシーズンのなかで6回も足を運ぶとなると、気持ちはもう常に尾瀬にないといけません。飲み会の誘いを断り続けなければならぬのが心苦しいところです(心苦しいのはそれだけ??)。

ヤマドリゼンマイ黄葉輝く尾瀬ヶ原 (第386号)
 わずか1週間でも、風景が変わっていることがわかります。ヤマドリゼンマイ黄葉の見事さを伝えるには、写真技術の更なるレベルアップを図らねばなりません。マニュアル操作可能なコンデジを持ちながら、その機能の多くは眠らせたままなので。

草紅葉すすむ尾瀬ヶ原を歩く (第387号)
 秋の空高く、とはよくいいますが、秋になると池塘の水も濃く深い色あいになります。それにしても今年の猛暑の影響は秋にも及びました。草紅葉の足取りの遅かったこと……いつまでも夏、気付いたらもう冬ですから。

坤六峠を越える尾瀬への道 (第388号)
 尾瀬通いを続けるうち、津奈木橋の先が気になって仕方ありませんでした。しかし、これほどまでの好天になるなら、家族に土下座してでも“本丸”の方に向かうべきだったか…。津奈木まで来て鳩待峠を越えぬは、温泉で湯船につからず帰るようなもの。

晩秋の尾瀬をあるく―1 (第391号)
 シーズンの締めは、やはり本丸へ。燧裏林道をめぐるにはどうしたらいいか、随分悩みました。原と沼の両方を1泊で巡るには、どうしてもどちらか1日がキツくなってしまいます。初日は明るいうちによく歩き通せたなぁ~と思います。

晩秋の尾瀬をあるく―2(尾瀬ケ原編) (第392号)
 抜けるような青空、とはこのような空のことをいうのでしょう。赤田代で落ち合う予定の友人から、「尾瀬ヶ原はスタスタ通過せよ」との事前指令を受けていましたが……。

晩秋の尾瀬をあるく―3(燧裏林道編) (第393号)
 燧裏林道は、林道といいつつ登山道そのもの。自動車はおろか、二輪車すら通行不能です。せっかくの“田代軍団”も霧の中だったので、ぜひともリベンジしたいと思います。えっこれが道なの、という先にある渋沢温泉小屋にちょっと惹かれています。

晩秋の尾瀬をあるく―4(尾瀬沼編) (第394号)
 いま振り返っても、せめて沼尻経由で下山すれば良かったなあ…と。ぷらり館での湯浴みすら見送っていたら、確実に泣きが入っていたことでしょう。

霜降の尾瀬を夢みて (第395号)
 じつは記事に取り上げた10月23日の日帰りを計画していました。もちろん、霜降風景を見るために。しかし金曜の天気予報で週末の冷え込みはないと判断、誘われていた飲み会の方に行ってしまったのでした。嗚呼。。。予報は予報として現地に行かなければ何も始まらない、尾瀬はそういうところだと痛感しました。

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 半年で20本以上もの記事を書いていたんですねえ……。それにしてもあっという間の半年でした。楽しかったです。ありがとう、尾瀬! ありがとう、尾瀬通いを見守ってくれた皆さん!!

いまの尾瀬を見る→ 尾瀬沼ライブカメラ 鳩待峠ライブカメラ 

(第400号)

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