惜別―立松和平さん逝く
作家・立松和平氏が2月8日、亡くなりました。62歳での旅立ちです。
立松氏の紡ぐ文章には、書かれたもの話されたものを問わず、人を動かす力がありました。そして何より、人としての温かさがありました。私が言葉の力に懐く畏敬は、間違いなく氏の影響を受けているように思います。
立松氏の言葉で忘れられない語りがあります。それは、国鉄が分割民営化される前夜の1987年3月30日、テレビ朝日系列のニュース番組「ニュースステーション」での特集で、氏が生中継にて語った言葉です。
22時に始まる番組の冒頭の、「さようなら国鉄スペシャル、検証、分割民営、鉄道は誰のものだろう」と題する特集。かつて日本一の赤字線といわれた、北海道の美幸線(美深-仁宇布21.2km、北見枝幸までの全通を待たず1985年9月16日廃止)が取り上げられていました。
美幸線の計画、歴史、現状などを、番組1週間前に取材したビデオで丁寧に紹介。美幸線の辿った経緯を通じて、日本各地における地域の共同性が崩壊していく過程を克明に描き出していました。その特集を締めくくる形で氏は、最終便が飛び立ち猛然たる吹雪に包まれる旭川空港の滑走路に立ち、次のように述べたのです。
――(仁宇布に)鉄道とともに電気がはいってきたのが、二十年とちょっと前です。本当にわずかな時間なのです。この間に時代は大きく変わり、食糧生産基地とまでいわれた開拓地が、人の住めないような土地になってしまいます。汗と涙で敷かれた鉄の道が、東京の机の上でいとも簡単にはずされてしまうのです。最も苦労してきた人々が、今、一番つらいめにあわされようとしているのです。地域が孤立するということは、日本のすみずみとつながっていたという共同性が失われていくことでしょう。共同性が失われれば、その土地に根ざして生きている人々の、生き方が変わることを意味します。それは日本が大きく変わっていくことなのだと思います。地方がどんどん解体し、そのぶん都市がふくれ上がっていく。しかし、人はあらゆる土地に暮らしているのです。日本人が長い時間かかって築き上げてきた共同性を、もうこれ以上壊さないでほしいものです。―― ※
* * *
この放送からもう23年が過ぎようとしています。社会人となる新卒の若者は「国鉄」を知りません。この間、立松氏の思いとは反対に社会の歯車は回り、「日本人が長い時間かかって築き上げてきた共同性」の破壊は現在も続いています。「格差社会」「無縁社会」と呼ばれるいまの世の中。23年前のあの当時、すでに氏の頭の奥では、いまの光景が広がっていたのかもしれません。
何事も、壊すのに比べ、築き上げるには何倍もの時間がかかります。元に戻すのに同じだけの時間で済むとして23年後、私は62歳。亡くなった氏と同じ歳になってしまいます。いまの毎日、壊される時代にありながらも、同時に再び築き上げる時代を生きていると信じたいものです。
※ この番組の模様及びその前後を綴った氏の特別寄稿「惜別」は、雑誌「Number」'87年4月号別冊に収録されています。
(第306号)
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