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2010年2月の5件の記事

都立3小児病院存続を求める集会に参加

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 きょう2月21日、東京池袋の豊島公会堂(みらい座いけぶくろ)にて、「都立3小児病院存続を求める都民のつどい」が開催されました。都民ではなく埼玉県民ですが、私も参加してきました。
 清瀬、八王子及び梅ヶ丘の都立3小児病院は、3月16日で廃止されることになっています。昨年の都議選で3病院存続を掲げ第一党に躍進した都議会民主党には、この事態についての説明責任があります。説明できないのなら、議員辞職すべきは当然です。
 民主党の頂点に立つ鳩山首相は、今国会における施政方針演説をこう語り始めました。「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです。生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい。」……そして、その演説は「人のいのちを守る政治、この理念を実行に移すときです。」と結ばれます。しかし、子どもの命を守る砦を消そうとしているのは彼らなのです。
 私には、どうやっても、この演説の理念を3病院廃止に結びつけることができません。

*関連記事
都立小児病院を守る最後のチャンス(第234号)
続・ありがとう都立清瀬小児病院(第302号)

(第309号)

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【速報】日司政連幹部らに対する告発状受理

 日本司法書士政治連盟(日司政連)の幹部らに対する政治資金規正法違反の疑いで東京地検特捜部宛てに提出した告発状(1月19日付け)について、本日2月19日17時12分頃、地検の担当事務官より「本日付けで受理された」旨の電話連絡がありました。
 なお、受理された告発状の写しは、下記関連記事(第298号)にて公開しています。以上、速報にてお知らせ致します。

*関連記事
日司政連幹部らを政治資金規正法違反の疑いで刑事告発(第298号)
日司政連による収支報告書虚偽記載問題の要点整理(第288号)

(第308号)

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宇高航路がなくなる!

Img_0854 ことし開設100周年を迎える宇高航路(岡山県玉野市の宇野港と香川県高松市の高松港を結ぶ18km)。この全便廃止が2月12日、突然発表されました。この日、航路を運航している国道フェリー及び四国フェリーの2社が、四国運輸局に廃止届を提出。両社は3月26日をもって撤退し、同航路は廃止されることになりました。

 宇高航路は、国鉄連絡船として1910年に開設。1988年の瀬戸大橋開通により連絡船は廃止されたものの、瀬戸内海における主要航路の1つとして、また国道30号線の海上区間として維持されてきました。現在でも日中25分おき(深夜は40分おき)の24時間体制で、両社の船が交互に本州と四国の間を行き来しています。
 100周年を迎えるのは6月12日。この記念すべき節目を目前にした撤退は、関係者にとって無念であるとともに、地方の公共交通が直面している状況の深刻さを浮き彫りにしています。航路廃止の直接の原因は利用客の減少で、その背景には、燃料費の高騰や世界同時不況という景気の落ち込みがあります。そこにとどめを刺したのが『千円高速』や『ETC割引』などの高速値下げだ、というのが多くの一致する見方です。乗客減少が景気要因でもあったのに、『景気対策』によって航路が廃止に追い込まれる事態は、じつに『皮肉』なことです。

 わが国の交通政策は、自動車や道路ばかりを過度に優遇。不必要な空港や航空会社の維持にも巨額を投入する一方で、利用者数や身近さでは空路とは比べものにならないのに、地方の航路や鉄道は完全に見捨てられてしまっています。配慮がないだけでなく、著しいほどバランスを欠いています。
 千円高速が始まった昨年3月からのわずか1年足らずで、航路廃止はこれで6社7航路目。また、この10年間での鉄道廃止は30路線635kmにも及びます。東京−新大阪間をはるかに上回る距離の“地方の足”が失Img_0851われているのです。国の公共交通機関に対する無策は、一体いつまでどこまで続くのでしょうか。

 無策の極みともいえる千円高速は、6月にようやく廃止予定。でもそのときには、もう戻るべき“道”がなくなっているという事態。これを『皮肉』の一言で片付けてしまってはいけないのだと思います。宇高航路は、国の責任において存続させるべきです。
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 写真は上下いずれも、2008年3月10日宇野港にて撮影。
 航路廃止は、本州四国間の移動の足を奪われる問題だけにとどまりません。フェリー会社は従業員解雇の方針を表明して新たな雇用問題が生じていますし、フェリーによって支えられていた港湾施設を今後どう維持していくか、といった問題も生じてきます。

*関連記事 四国遍路第12話(宇高航路)(第47号)

(第307号)

*【その後、廃止撤回】 3月11日までに両社とも廃止届を取り下げました。宇高航路は、当面、存続されることになったのです。ただし、1年以内に存廃の再判断をすることになっており、中長期的な存続は予断を許さぬ状況です。

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惜別―立松和平さん逝く

 作家・立松和平氏が2月8日、亡くなりました。62歳での旅立ちです。
 立松氏の紡ぐ文章には、書かれたもの話されたものを問わず、人を動かす力がありました。そして何より、人としての温かさがありました。私が言葉の力に懐く畏敬は、間違いなく氏の影響を受けているように思います。

 立松氏の言葉で忘れられない語りがあります。それは、国鉄が分割民営化される前夜の1987年3月30日、テレビ朝日系列のニュース番組「ニュースステーション」での特集で、氏が生中継にて語った言葉です。
 22時に始まる番組の冒頭の、「さようなら国鉄スペシャル、検証、分割民営、鉄道は誰のものだろう」と題する特集。かつて日本一の赤字線といわれた、北海道の美幸線(美深-仁宇布21.2km、北見枝幸までの全通を待たず1985年9月16日廃止)が取り上げられていました。
 美幸線の計画、歴史、現状などを、番組1週間前に取材したビデオで丁寧に紹介。美幸線の辿った経緯を通じて、日本各地における地域の共同性が崩壊していく過程を克明に描き出していました。その特集を締めくくる形で氏は、最終便が飛び立ち猛然たる吹雪に包まれる旭川空港の滑走路に立ち、次のように述べたのです。

続きを読む "惜別―立松和平さん逝く"

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能登線追憶(11)

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のと鉄道能登線波並-藤波間 2005年2月11日撮影
CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 立春を過ぎ、暦の上ではもう春だというが、2月の奥能登はまだ冬景色である。朝から雪が降っている。波並に着くと晴れて日が差してきたので、弧を描く線路や漁港を一望する高台に上がってみた。時を移さず空は、どこからともなく流れてくる雲に覆われ、再び雪がちらつき始めた。「弁当忘れても傘忘れるな」という当地の格言たる所以はこれだ。このときも、天気は目まぐるしく変わっていた。

 定刻で通り過ぎていった汽車を見送り、集落の方へ引き返すことにする。遠ざかる汽車のレールを刻む音が、頬をさす冷たい海風に乗りまだ聞こえてくる。登ってからわずか15分ほどなのに、来るときの坂道にはうっすら雪が積もっている。油断していると足下をすくわれ一気に下まで滑り落ちそうで、怖い。
 こうしていると雪解けの春が待ち遠しいけれど、能登線廃止の手ぐすねを引くようでもあり思いは複雑だ。厳しい冬を通り抜けてこの汽車が、波並の桜を見ることは、ない。

(第305号)

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