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雨ニモ負ケズ還暦の熊谷花火大会

 この夏3度目の花火見物は、熊谷花火大会。打ち上げ場所から1.5kmほど離れた荒川右岸堤防のうえで見物しました。立秋を過ぎ、堤防の草むらには、秋の虫の音が響いていました。
 ところが、開始1時間前には虫の音をかき消す雨音が。天気は本降りの雨。延期やむなしとあきらめていたら、予定より20分も前から打ち上げが始まりました。いったん雨は上がりましたが途中からまた降り出してしまい、最後まで止みませんでした。雨の中での花火見物は初めてです。
 花火大会のクライマックスはラスト、という“お約束”を打ち破り、最大の見せ場は中盤にありました。地元の百貨店「八木橋」提供のワイドスターマイン。いったいいつまで続くのかというほどの特大乱れ打ちで、こんな花火は生まれて一度も見たことがありません。絢爛豪華、言葉を呑むとはこのことです。
 残念なことに、雨で上の方が煙ではなく雲に隠されてしまっていますけど、それでも見事です。小江戸川越花火大会の「丸広」など、比べものにもなりません。完敗です。
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第60回熊谷花火大会でのワイドスターマインのもよう。左下の光の点は荒川大橋、右の四角い光は八木橋百貨店。2009年8月8日20時10分頃撮影(Panasonic LUMIX DMC-LX3)

 ところで、熊谷花火大会の歴史について少しだけおさらいしておきます。
 熊谷は、1945(昭和20)年8月14日深夜、太平洋戦争最後となる空襲を受けました。市街地の74%にあたる約118万1400平方メートルが焼失。死者266人、市街地での負傷者約3000人、被災者は1万5390人に上りました。空襲から3年後の1948年、戦災からの立ち直りを願って開催されたのが「大熊谷復興花火大会」。これを起源に回を重ねて今年で60回目、埼玉県内で最も歴史のある花火大会です。
 熊谷花火大会の原点をみつめ、戦争の愚かさ、平和の大切さや有り難みを考えるきっかけにしたいと思います。きょう9日は長崎原爆の日、週末には64回目の終戦記念日も巡ってきます。

*関連記事
ハタチの小江戸川越花火大会(第240号)
アッパレこうのす花火大会(第242号)

(第247号)

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