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2009年7月の10件の記事

“裸の王子様”プリンスホテル

 プリンスホテル(以下、プリンス)が日本教職員組合(以下、日教組)の第57次教育研究全国集会への会場使用契約を一方的に解除して使用拒否したことをめぐる訴訟(以下、本件訴訟)で、東京地方裁判所は、2009年7月28日、判決を言い渡しました。
 各紙報道によれば、判決は、日教組側の請求を全部認容して、プリンスに対し、約2億9千万円の損害賠償金の支払いや全国紙への謝罪広告の掲載を命じました。これを不服とするプリンスは、翌29日、東京高裁に控訴しました。

 3月18日付け朝日新聞朝刊“時時刻刻”によれば、3月17日に開かれた本件訴訟の口頭弁論でプリンスの渡辺幸弘社長は、日教組に責任がなかったことを認め、「一方的に解約したので、その内容に従った賠償は覚悟している」と述べたとされています。
 それでプリンスは、「全面的に争う姿勢を崩し、裁判所が提案した和解協議を受け入れた」はず。同記事では、「4月28日に弁論が終結し、5月14日に和解期日が組まれた」とあるのですが、本件訴訟の終結は和解ではなく判決でした。どういう経緯で和解が不調に終わったのかも興味があり、早く判決全文を読みたいところです。

 それはそうと、本件訴訟の前提には、東京地裁と東京高裁で計3回にわたって出された『会場を使用させることを命じる決定』に対し、プリンスがこれを無視して“自力救済”を図った事実があります。
 そのプリンスが、本件訴訟に応訴すること自体ナンセンス。判決に不服だとして控訴するなど意味不明。だって、裁判所の判断が気に入らなかったら、どうせ、また、無視するつもりなんでしょう。

 司法制度を否定し司法判断に実力行使で対抗したプリンスは、いまだにその非を認めていません。意見や反論も筋違いなものばかりで、その姿は“裸の王子様”。どうやら、当の本人はそのことに全く気付いていないらしい。だから、かつて無視した相手への控訴も平気でできるのです。
 その王子様は、ホームページで、「経営の最重要課題としてコンプライアンス体制を確立し、その精神を浸透、定着させるためのさまざまな取り組みを行なっています」と宣言しています。かわいそうに、ムリヤリ寄せ集められた文字がつらそうに悲鳴を上げていますよ。

*関連記事 無法者,西武グループ(第20号)

(第245号)

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ふたたび「甘玉堂」出現す

P1070432
ロケが終了し、元の店の姿に戻りつつある「甘玉堂」(7月28日9時42分撮影)

 川越一番街の蔵造り通りに、ふたたび「甘玉堂」が出現しました。一帯では、昨晩から、連続テレビ小説“つばさ”のロケをしています。
 さきほどは、時の鐘あたりで、サンバダンサーや市民エキストラが踊るシーンを撮影していました。スタッフから、「出たい人はどうぞ」と呼びかけられましたが、歌や踊りの類は苦手分野なので遠慮しました。
 さて、賛否両論うずまくなか、100回目の放送を超えた“つばさ”。これらのシーンは、いつ、どのように登場するのでしょう。残りの放送も、逃さず全部見るつもりです。

*関連記事 「甘玉堂」出現す(第121号)

(第244号)

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川越夕景(19)

F1030226

 きょうの川越。午後は雨が降っていたのに、夕方には日が差してきました。
 事務所の窓から見上げると、いろいろな形や色をした雲が空を埋めていました。そして、夕日とは反対側を見ると、大きな虹が架かっているではありませんか! どうして私はこういうときにカメラを持っていないのでしょう。惜しいことをしました。
 それでもケータイ片手に事務所を出てみました。が、虹は消えつつありました。画面には写りましたけど、とても見せられるシロモノではありません。

 事務所を出たついでに、時の鐘まで行ってみました。すると、川越まつりの衣装をまとった人たちがいて、ライトアップもされています。「陶鋪やまわ」が、またもや『甘玉堂』に変身していました。聞くと、『つばさ』のロケだそうです。

 それにしても、撮影用にライトアップされた時の鐘はキレイだ。あぁ~、どうして私はこういうときにカメラを持っていないのでしょう。本当に惜しいことをしました。

(第243号)

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アッパレこうのす花火大会

P1070378
見物していた場所からの全体風景(左下の光跡は糠田橋)
花火があまりに高くあがるので、広角端24mmでも横画面では入りきりません(^^ゞ

 7月25日開催の“第8回こうのす花火大会”に行ってきました。
 鴻巣の花火大会に行くのは初めて。地図とにらめっこして、対岸の吉見側から見物しました。対岸といっても、打ち上げ地点からは荒川を挟んで500mほどの河川敷。遮るものは何もなく、空を見上げないと花火が視界に入らないぐらいの近さです。
 本大会の打ち上げ数は、なんと1万5千発。上尾や熊谷をも凌駕する県内最大規模。2尺、3尺の超大玉はないものの、尺玉の打ち上げがとても多く迫力満点の花火大会でした。川越からのアクセスもよく、来年以降も目が離せない注目すべきイチオシ花火です。

 ところで、先週の小江戸川越花火大会で花火の写真に初挑戦したワタシ。まったく思うようにいかず、お恥ずかしい写真を披露してしまったばかりです(第240号参照)。そこで今回、改めて挑戦することに。で、どうでしょう、少しは進歩したでしょうか。…でも花火は、やはり生で見るに限ります。

P1070392 P1070408 P1070419
中央と右の2枚は、多重露出やPhotoshopにて編集。右がエンディングの様子(左下の光の帯は“ナイアガラ”です)。左の1枚は、多重露出や合成などの編集を一切していません。ほんの一瞬の“開花”が写し撮られ、とてもいい感じに仕上がりました(シャッター優先AE,Tv1.3秒,Av2.0,ISO80,24mm,三脚使用)。P1070425

使用機材:Panasonic LUMIX DMC-LX3
撮影場所:鴻巣市糠田(地図はこちら

※この記事を綴っている間に、長男が絵日記を書き上げていました。親バカ丸出しsmileですけど、私の写真よりセンスがいいように思います。→→→

(第242号)

*追加関連記事 雨ニモ負ケズ還暦の熊谷花火大会(第247号)

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能登線追憶(8)

Noto_01231
のと鉄道能登線間島鉄橋(波並−藤波間) 2004年8月2日撮影
CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 夏休みから連想されるのは、いまでも決まって能登の情景だ。
 群青の海、艶めく漆黒の屋根瓦、のどかに過ぎゆく汽車。そんな能登独特の風景を同時に見られる場所の一つが、能登線最大の鉄橋を臨むここ。運が良ければ、海の向こういっぱいに立山連峰がそびえる。
 寄り添うよう民家が密集する谷間に、能登瓦で葺かれた屋根が不規則に並ぶ。まるで瓦が自ら光放つよう見える午後のいっとき、汽車が鉄橋を渡る数秒を狙う。
 能登線が海に最も近づき、その魅力を一番に味わえる区間。矢波、波並、藤波、と波のつく名の駅がつづく。波並駅を出た下り列車は海沿いの段丘をかけ登り、ここ間島鉄橋でハイライトを迎える。車窓を眺める旅人とシャッターを切る僕の心が合わさる胸躍る場所だったが、いまはもう追憶でしかない。
 瓦の放つ光が強すぎ写真の汽車はブレてしまった。撮り直しはできない。でも、追憶にあるこの情景は、ブレることなく僕の心に焼き付いている。

(第241号)

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ハタチの小江戸川越花火大会

 放送中のNHK連続テレビ小説「つばさ」。主人公である玉木つばさが“ハタチのおかん”という設定で、舞台になっているのが川越です。このブログで何度も取り上げています。
 その川越で、県内のトップを切って本日(7/18)、恒例の花火大会が行われました。大会は今年で20回目、ハタチを迎えました。打ち上げる花火は4千発。まあまあの規模の大会です。

 「つばさ」放送中の今年はいつもより盛大に…という期待むなしく、例年に比べ、全体としてそこはかとなく寂しげに感じたのは私だけでしょうか。景気の悪さは、花火大会を見ればよくわかります(今年は、中止に追い込まれる大会も多いらしい)。
 それでも最後の打ち上げ、金一色の「錦冠菊」を大量に使用したスターマインの“ゴールデンシャワー”は圧巻でした。いちおう下の写真がそのもよう。花火の写真は初挑戦でしたが、これほどまでに難しいとは思いませんでした。花火は、生で見るに限ります。

P1070296
Panasonic LUMIX DMC-LX3にて多重露出機能を使用して撮影した写真をPhotoshopで編集
撮影地:埼玉川越総合地方卸売市場(川越市大字増形)

*追加関連記事
アッパレこうのす花火大会(第242号)
雨ニモ負ケズ還暦の熊谷花火大会(第247号)

(第240号)

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フジミノ争奪戦

 東武東上線に「ふじみ野」という同線では2番目に新しい駅があります。鶴瀬-上福岡間の畑が広がっていた一帯で、1993年の駅開設によって新しい町並みが形成されています。
 一方、『ふじみ野市』という市がありますが、「ふじみ野駅」は、隣の「富士見市」にあります。富士見市、上福岡市、大井町、三芳町の2市2町が合併して誕生するはずだった「ふじみ野市」でしたが、この枠組みから富士見市と三芳町が離脱。2005年に上福岡市と大井町だけが合併して『ふじみ野市』を名乗ってしまいました。富士見市は、「紛らわしい」と猛反発です。

 こうして富士見市とふじみ野市が隣接しているだけで十分にややこしいのに、「ふじみ野」をめぐる互いにしのぎを削る戦いは留まるところを知りません。
 現在、富士見市大字勝瀬にあるふじみ野駅。よせばいいのに富士見市は、この「大字勝瀬」の一部を「ふじみ野」に町名変更するそうです。混乱の極みは、ふじみ野市ふじみ野一~四丁目の『東』側に、富士見市ふじみ野『西』一~四丁目が位置すること。紛らわしいだけで済む話ではありません。
 ちなみに、そばには「ふじみ野市富士見台」があります。富士見市が本気を出すと、「富士見市ふじみ野台」をつくって総力戦の展開になるかもしれません。

 似たような紛らわしい例は他にもあります。3市が隣接する所沢・狭山・入間。西武池袋線の「狭山ヶ丘」駅は所沢市に。地名では、「狭山ヶ原」と「狭山台」が入間市にあって、狭山市にも「狭山台」はあるけど「狭山ヶ丘」はなく、入間市にはない「入間川」が狭山市にあります。
 さらに目を地元に向けると、川越市には「大仙波」があります。「小仙波」もありますが、「小仙波町」や「西小仙波町」という別名もあります。その市街地には「川越」「川越市」「本川越」の3駅があって隣接しています。……この話しの続きは、また気が向いたときにでも…今日はコレで私も限界なので。

(第239号)

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続・はるかな尾瀬

Oze_0102 ヒツジグサについてわが家での認識は、蛙が乗っかっているアレね~(長男)とか、葉の形が羊の足跡みたいだからね~(妻)とか、せいぜいその程度。ヒツジグサの上に蛙が乗ったら沈むだろうと思っていたら、当ブログのプロフィールの背景は、なんと蛙とヒツジグサの組み合わせで驚いた。

P1070092 その2人が、「父ちゃん~手と足のはえた大きなオタマジャクシがいるぅ~」と少し離れたところから大きな声で呼ぶ。寄ってみれば、イモリかサンショウウオだ(写真右)。ハイカーたちが笑っている。
 家に戻り撮った写真をながめる。ヒツジグサの花が咲いていなくて残念との私の声に、「1つだけ咲いてたよ、気付かなかったの?」と妻。イモリはどうでもいいからそっちを教えろ、と遅れた気遣いにヒツジグサへの想いは高まるばかりである(ヒツジグサの名の由来は、前号「はるかな尾瀬」の末尾を参照。なお、上左の写真は、1998年7月に尾瀬で撮影したもの)。

 <閑話休題>

続きを読む "続・はるかな尾瀬"

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はるかな尾瀬

P1070088
尾瀬を代表する一風景。湿原に点在する大小の池塘や浮島、それらを縫うよう続く木道に登山者の姿。正面は至仏山(2228m)。

 尾瀬に行ってきました。
 妻と長男は初体験、私は10年ぶりの訪問です。
 日帰りで朝は3時起き、4時に家を出て7時には鳩待峠の登山口に立っていました。登山といえば、登って下りるというのがお約束。しかし、鳩待峠から尾瀬ヶ原を往復する場合は逆で、行きに下って帰りに登ります。

 出発前に、「どこ行くんだっけ? ゼニ? ニゼ?」と寝ぼけた長男。なぜか初の車酔いでヘロヘロゲロゲロな状態に。鳩待峠に辿り着くや、「もう帰る」「山登りなんかしたくない」の超絶ネガティブモード。30分ほど休んで落ち着かせ、「ちょっと行ってダメそうなら戻ろうか」とあやし登山道へ導きました。石段や木道が気に入ったのか、10分と経たず“復活”。最終的に竜宮まで足を伸ばしました。
 至仏山に燧ヶ岳も見え、見頃の花は、ワタスゲ、ニッコウキスゲ、カキツバタなど。私の大好きなヒツジグサは全然咲いていませんでした。正午前に山の鼻へと引き返して昼食。午後の天気予報は雷雨。灰色の雲が広がり雨が落ちてきたので、止むのを待って早々に下山。14時前には鳩待峠に戻りました(歩行距離約15km)。

 長男は、山の鼻へ下る木道で滑って尻餅1ツキ。よそ見で木道から3回も転落。妻は、尾瀬ヶ原のど真ん中で“トイレ”を所望。ケガをせず帰ってこられたのが奇跡のようなオゼ探勝でした。つぎは泊まりで味わいたい。“シャクナゲ色に黄昏る遠い空”を見てみたい。家族が付き合ってくれるか??ですけど。

P1070157
池塘に浮かぶヒツジグサ。未の刻=14時頃=に咲くと云うのが名前の由来。池の水面には雲や空が映ります。昼前のこの雲の色は撤収のサインですね。写真は、いずれも尾瀬ケ原上田代にて(Panasonic LUMIX DMC-LX3)。

*尾瀬に関する追加関連記事は、カテゴリ「尾瀬」をクリックしてご覧下さい。

(第237号)

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日司政連の政治資金収支報告書に虚偽記載

 政治資金収支報告書の虚偽記載が最近話題となっています。ためしに、総務省HPで公表されている日本司法書士政治連盟(以下、「日司政連」といいます)の最新の報告書を見てみました。

 平成19年分日司政連政治資金収支報告書
 http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/000027260.pdf

 残念ながら、すぐに虚偽記載が見つかりました。
 報告書には、『個人の負担する』会費による収入が5059万9250円で、これを収めた員数が1万8443人と記載されています。しかし、日司政連の会員は、各都府県及び北海道4ブロックごとに設立されている単位司法書士政治連盟(以下、「単位司政連」といいます)であり、その数50にすぎません。個人会員は1人もいません(日司政連規約5条)。
 日司政連に会費を収めることができるのは、構成員たる単位司政連という団体だけです。政治資金規正法5条2項では、「法人その他の団体が負担する党費又は会費は、寄附とみなす」と定義。寄附については、年間5万円を超える場合、各別に、寄付者の名称及び金額等の明細を記載して報告しなければなりません(同法12条1項1号ロ)。
 なのに、日司政連報告書の「法人その他の団体からの寄付」「政治団体からの寄付」は、いずれも「0円」と記載。明細の記載もありません。形式的には、明らかな虚偽記載です。報告書の虚偽記載は、「五年以下の禁錮又は百万円以下の罰金に処する」とされています(同法25条)。
 日司政連に収められたとされる総額5000万を超えるカネは、一体どこからどのように流れてきたものなのでしょうか。日司政連は、虚偽記載の訂正はもとより、この不透明なカネの流れについて国民に説明する必要があります。
          *          *          *
 (参考) 2004年参院選において日司政連が行った問題行動について
  http://homepage3.nifty.com/restart-net/seiren.html の(11)以下を参照
 なお、日司政連の会計責任者である芝将宏氏は、日司政連の構成員が個人ではなく単位司政連であることを、当時、当職に宛てた内容証明郵便(pdfはこちら)に明記しています。

(第236号)

*追加関連記事
司法書士関連の政治団体による事務所無償使用問題(第258号)
日本司法書士政治連盟に対する公開質問状(第259号)
公開質問に答えぬ日本司法書士政治連盟(第271号)
flair日司政連による収支報告書虚偽記載問題の要点整理(第288号)

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