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2009年4月の18件の記事

西武多摩湖線の“ツートン”

 「いまだけの特別な色を求めて」(第203号)では不発に終わった“ツートン”に、昨日ようやく巡り逢えました。夕方、都内に出向く用事があり、少しだけ時間に余裕があったので、萩山駅(多摩湖線・拝島線)に回り込み待ち伏せをしてみました。そうしたら、運良く10分ほどでお目当てのツートンが現れました。
 いやぁ、やっぱ、この色の組み合わせ、私、好きだなあ~lovely

P1060201

 西武鉄道公式HPや朝日新聞でも報道されたように、このリバイバル塗装は、予想どおり、西武秩父線(吾野-西武秩父間19.0km)の開通40周年を記念したもの。1編成4両が3月からすでに走っている多摩湖線に加え、6月には、さらに1編成2両のツートンが池袋線・狭山線にも登場するそうです。
 西武秩父線の開通記念日は10月14日。なので、秋までは、ツートンを目にすることができそうです。ところで、秩父線40周年記念ならば秩父線にも走らせてほしい、と願うのはゼイタクでしょうか。ファンは期待しているはずです。

(第208号)

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日本で最も小さい蒸留所

  <前号「飽きもせず万座へ」よりのつづき>

 送ってもらった駐車場で車に荷物を積み込み、時刻は11時半。風がものすごく強かったので、外でのレジャーはやめ、行ったことのないある工場を見学することにしました。下調べをしていないので電話で確認したところ、敷地内にはコース料理が食べられるレストランやカフェもあるとのこと。昼食もそこでとることにして向かいました。
P1060187  向かった先は、「メルシャン軽井沢ウイスキー蒸留所」。軽井沢とはいうものの、じっさいは隣の御代田町にあります。美術館も併設されていて、敷地に入ると、工場の面影は一切なし。そこには白樺が立ち並びアートな世界が広がっています。美術館に工場が併設されている、という表現が適切かもしれません(敷地総面積29320.75㎡のうち美術館が19154.52㎡)。
 お目当ての蒸留所見学の所要はわずか15分。工場の規模は小さく、木桶の発酵槽や小型の銅製単式蒸留器(ポットスチル)、樽詰めされた原酒が眠る貯蔵庫などを巡るごく簡単なものでした。
 それもそのはず、ここは「日本で最も小さい蒸留所」といわれています。ここでのウイスキー造りに携わる職人はわずか3人。国内の他の蒸留所が数万から40万の樽を熟成させている中で、軽井沢蒸留所の総樽数は約4千。これまでに見た「山崎」や「宮城峡」の近代的なウイスキー“工場”とは似ても似つかぬ、『蒸留所』という言葉が持つイメージにぴったりの場所でした。

 私には、運転というお役目があったので、大変に心残りですけど試飲はできませんでした。代わって、ウイスキーの味も違いもわからぬ妻が「軽井沢17年」を試飲していました。P1060166蒸留所限定の原酒も熟成年数ごとにたく さん売られていましたが、試飲をして好みのものを購入する楽しみとして、次回にとっておくことにしました。
 試飲がダメなら昼食はレストランでコース料理、と言いたかったところですけど、こちらも中学生以下の子どもがいて“お断り”。カフェの軽食でがまんしました。ノンアルコールを貫いたせいか、紅茶(※)がとても美味しかったです。
(※)grafオリジナルブレンドティー:suchea(スーチェ)

*参考文献 「THE Whisky World」vol.4 スコッチ文化研究所、2006年1月

(第207号)

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飽きもせず万座へ

 先週末、万座に行ってきました。もちろん家族を連れて、です。
 思い返してみると、昨年も、そして2年前も、連休前の4月最後の土日に万座に行っていました。違う時期とも併せるとけっこうなリピーターとなっていますが、全然飽きることのない極上の温泉地です。
 それで天候は、というと、2年前が雪、去年も雪、そして今年も雪で、とくに今年は吹雪いていました。すでに車は冬タイヤではなかったため、途中で路線バスに乗り換える覚悟で、雨のなか出発しました。

 万座温泉の約15kmほど手前にある万座ハイウェイ料金所。ここはまだ雨で周囲に積雪もありません。しかし、2年前と同様、スタッドレスかチェーン携行でなければこの先の走行は不可能とのこと。宿泊ならホテルのバスが送迎するので、料金所近くの嬬恋ゴルフ場駐車場に車を停めしばし待たれたし、とのこと。これも2年前と同様でした。
 バスは、私たちと同じような宿泊者のために、料金所と万座温泉の間をピストン輸送していました。それぞれの宿の玄関口まで無料で送り届けてくれます。私たちが泊まったホテルだけでも、同じように送迎してもらった人は130人もいるというから驚きます。これだけ人数がいると路線バスでの対応も困難でしょうし、利用者としては、雪道の心配をせずに済むありがたい措置です(往復2040円の料金もかからないし)。

 そうして着いた万座は一面の銀世界。時間にしてわずか30分ほどで景色は激変です。雪がちらつく程度なら趣バツグンなのですが、雪はもちろん風も強く、露天での雪見風呂はまるで修行のレベルでした。
P1060071 P1060069

 翌日。過去2年はスッキリ晴れ上がる天気でしたが、今年晴れたのは束の間、どんよりした雲に覆われ、次第に雪模様となりました。帰りの送りのバスで万座を離れ山を下っていくと、雪は止み、車を停めていた嬬恋ゴルフ場の辺りは晴れ渡っていました。万座の標高の高さ(1800m)、山深さをあらためて実感した次第です。

  <次号「日本で最も小さい蒸留所」へつづく>

(第206号)

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堰とポプラのある風景

P1050982

 「田谷堰の桜風景」と題する先日の記事(第199号)で、川越景観百選に選ばれているこの場所のポプラ並木について触れました。新緑の目映い姿を写し撮ろうと思っていたところ、ちょっと油断したスキに色が濃くなってしまっていました。
 それでもまだ、若々しい感じが残っています。前夜、久しぶりにまとまった雨が降り、瑞々しさを取り戻したかのようです。P1050987

 この風景、身体で感じるには気持ちのいいものですが、いざ写真に収めようとすると、電柱はあり、電線があり、標識もある、川にはゴミまであるという何とも難しいところです。カメラを横にしたり縦にしたりズームをしたり悩んでいると、目の前を3羽のカモが悠然と通り過ぎ、堰をよじ登って行きました。ここはこういう場所、派手なサンバダンスなど論外も論外です。
(写真は、いずれも2009年4月22日撮影。クリックすると少し拡大します)

(第205号)

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地デジ対応踏んだり蹴ったり

 先日、ちょっとした“動機付け”があって、ビデオをブルーレイ搭載のHDDレコーダーに、テレビを地上デジタル放送対応の薄型に、それぞれ買い換えました(半ば衝動買い)。これをめぐって色々なことがありました。長くなりますが、失敗を繰り返さぬよう記録に留めておくことにします。
          *          *          *
 まず1つ目、配送されたテレビに映るはずの地デジが映りませんでした。
 わが家は電波障害地域にあって、テレビは共聴アンテナを利用しています。購入の前提として電器店等で確認したところ、わが家のエリアの共聴設備には、VHFのアナログ放送に加えて地上デジタルの信号も流れているので、地デジ対応のテレビやレコーダーを購入すれば、買ったその日から地デジが見られるとのことでした。
 それを確認して(というか信用して)購入に踏みきったものの、配送されたテレビに地デジはちっとも映りません。それで購入した電器店に連絡をして調べてもらったところ、共聴設備に地デジの信号が流れていないことがわかりました。それじゃ、映るわけがありません。
 ここで選択肢は4つ考えられます。
 1つ目は、これまで通りのアナログ放送でガマンする。2つ目は、屋根に地デジのアンテナを立てる工事をする。3つ目は、アンテナ工事をせずにケーブルテレビに加入して地デジを見る。そして4つ目には、電器店の説明責任を追及して商品を返品するということが考えられます。

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いまだけの特別な色を求めて

P1050909

 桜が終わったと思いきや、今度は新緑かよ。
 このブログを続けてご覧の方なら、タイトルと写真を見れば、誰もがそう思うことでしょう。

 写真は、この週末、玉川上水の新緑風景を写し撮ったものです。桜の開花が早かったように、新緑もこの時期にしては深めの色合いです。というように、いっそのこと新緑の話題だけで締めてしまってもいいと思いつつ、やはり、今日の本題を取り上げておくことにします。

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代理店・特約店という迷惑の温床

 事務所には、毎日いろいろな人から電話がかかります。
 その一角を占めているのが、私の業務には何の関係もない、電話をかけてくる側の営業活動によるものです。それもアポ取りの電話ではなく、その電話でいきなり営業活動が始まる極めて迷惑なものです。
 こうした電話をかけてくる2本柱は、コピー機やその消耗品等の販売と各種電話会社のサービス付加等の斡旋です。実際の多くは、NTTグループ(NTT東日本やNTTコミュニケーションズ)、KDDI、ソフトバンクなどの通信会社、シャープ、キャノンなど電機メーカーなどで、彼らは一様に各企業の「代理店」「特約店」を名乗ります。いま挙げた企業名は、とくに多く電話のかかってくる会社です。そのほかにも、広告主探しからホームページの制作、事業資金の融資話、保険や証券に先物取引、化粧品や焼酎、なかには墓地の販売に関するセールスまで多種多様です。
 各企業は、こうした代理店等を通じて販路を持ち自社の製品やサービスを売り込み、代理店等は各企業から販売奨励金などを受け取ることで事業を成り立たせているのです。それで代理店等は、電話帳や電話番号順に一方的な電話をかけまくり、相手のことなどお構いなしに営業活動をして契約をかき集めるという段取りなのでしょう。

 不愉快なのは、こうした代理店等のほとんどがビジネスマナーを完全に無視していること。電話応対に差し支えあることを伝えても話しを続ける輩、“社長様”を指名するクセに用件を問うても話そうとせず、こちらから質問するとなぜか命令口調になる輩などです。何度もかけてくるしつこい輩もいますし、話を止めないので仕方なく受話器を置くとすぐにかけ直してきて「ばぁ~か!」と言って切れることもあります。表示される電話番号を見ると、「非通知」が圧倒的に多く、つぎに東京23区の「03」、遠く北海道や九州からのものまで見受けられるから驚きです。
 代理店等を名乗ってこうした迷惑行為が行われている実態は、広く知られた社会問題ではないでしょうか。これが野放しにされている件については、間違いなく各企業本社に責任があります。各企業は、その社会的責任を自覚し、自社の代理店等を名乗る迷惑な営業活動について自主規制策を講じるべきだ、と私は思います。代理店ということは代理人。代理人が本人の名において第三者に迷惑行為をしていることを本人が黙認している以上、本人の責任が問われるのは当然のことです。

 ちなみに、私は、頂いたお電話の内容が私の業務と関係のない先様の営業活動とわかれば、ただちにお引き取り願います。それでもお話しを続ける方に対しては、電話ではなく訪問していただき会ってお話しするよう予約を求めます。その際、私の限られた時間を提供することになるわけですから、然るべく日当を申し受ける旨ご案内しております。残念ながら、現在まで、それでご予約を申し出られた代理店等は1件もありません。

(第202号)

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能登線追憶(6)

 七尾湾に面する能登鹿島駅(石川県鳳珠郡穴水町)。1932(昭和7)年、七尾線の穴水延伸による駅開業を祝い、地元住民の手によって駅を囲うようソメイヨシノが植えられました。“能登さくら駅”の別名をもつ、時刻表の表紙を飾ったこともある有名な鉄道桜風景があります。不思議なことに、能登半島地震のあった2007年にはほとんど咲かなかったそうです。
 2001(平成13)年3月に七尾線穴水-輪島間が廃止されると聞いて、その1年前の4月、同区間の最後となる桜風景を写真に収めようと能登へ帰ることにしました。満開の時期に合わせるため、現地にいる親戚に開花具合を確かめて出発したのですが、着いてみたら桜は1分咲き。確かに咲いてはいるけど……絵心のない人の情報を鵜呑みにした私がアホでした。

Noto_w0718
のと鉄道七尾線能登鹿島駅 2000年4月17日撮影
CanonEOS55,Tamron28-200mm,RDP100

 この写真は、その失意の帰り道、能登鹿島駅に立ち寄ったとき撮ったものです。
 写っているのは、当時、のと鉄道の看板列車であった「のと恋路号」。結局、のと鉄道は、この車両を活かしきることなく2003年に休車(事実上の廃車)にしてしまいます。さらにその翌年には、能登線の廃止までも決定してしまうのです。当時の社長は、いまもそのイスに座り続けています。いつか、この桜の木を切ってしまうかもしれません。

 ちなみに、能登鹿島駅は能登線ではなく七尾線にあり、駅も桜も現役です。桜は、いまがちょうど見頃かもしれません。ここと同じように、旧能登線の各駅には桜がたくさん植えられていました。廃線となりレールの剥がされた駅跡で、人知れず桜は咲き誇っているに違いありません。

(第201号)

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二男に5度目の誕生日

 昨年、このブログで、重度心身障害者である我が二男4歳の誕生祝いのことを書きました(第57号「命を繋いで4年間」参照)。それから1年、今年も同様の誕生祝いをして5歳の誕生日を迎えました。
 鼻からチューブを挿入しての経管栄養補給をはじめとして、去年書いた諸々の「不可能な状態」は依然として続いているものの、とくに最近、食べられる食事の種類や量が見違えるほど多くなってきました。そのせいか、身体もずいぶんと大きくなり、抱っこのズッシリ具合も半端なものではなくなりつつあります。
 まだまだではあります(※父=私は全然ダメです)が、本人の体調のリズムが読めるようになり、医師の指示のもと、それに合わせて薬でのコントロールなどもできるようになってきました。この1年間での入院はわずか2回。言葉で訴えることができない本人の体調や気持ちを、妻がうまく読み取り感じ取って対処してくれているおかげです。
 妻は、飼っている下半身マヒの猫ともよくお話しをしています。「ドクター・ドリトル」顔負けの光景が我が家にはあります。
 その姿を見て近ごろ感じるのは、意思の疎通は、言葉ではなく気持ちでするものなのだ、と。それを証拠に、言葉が通じる者同士なのに、世の中にはちっとも解り合えないことで溢れています。その多くは、解り合えないのではなく、解り合おうとしないからだと思うのです。何を思い何を望んでいるかを伝えるための言葉が、却ってそれを阻害してしまうこともある現実です。
 しかし、そうは言っても、言葉でしか伝えられないことがあるのもまた現実です。気持ちと言葉が一体を成すとき、言葉は強い力を持つのかもしれません。言葉の連鎖によって、離れている者や知らない者の間に共感という気持ちを生み出し、共感の広がりは世の中を変える力を持ちます。そんな言葉のチカラを信じて、これからもブログを綴っていきたいと思います。
 言葉が使えず苦しんでいる障害者は、たくさんいるのです。言葉が使えても気持ちを正確に伝えられず苦しんでいるのは、健常者にだってたくさんいるはずです。

 …話がだいぶ逸れてしまいましたけど、これからの1年には、通い慣れた保育所から特別支援学校(養護学校)への進学や、かかりつけである都立清瀬小児病院の移転統廃合などの問題が控えています。5年かけて積み上げてきたいまの環境に、本人はもちろん、家族もようやく慣れてきたところなのに…。

 そんな心境のせいか、今年の妻の手作りチョコバナナケーキの味は、甘くもあり少々ほろ苦さも感じました。

(第200号)

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田谷堰の桜風景

P1050434
2009年4月6日16時00分撮影 Panasonic LUMIX DMC-LX3
絞り優先AE,Tv1/160,Av8.0,ISO125,ホワイトバランスオート,24mm

 田谷堰は、1938(昭和13)年、新河岸川の改修工事の際に建設された取水堰で、田谷橋と一体のコンクリート造りです(ゲートは木製)。同時期に新河岸川で建設された4つの堰のうちの1つで、ここだけ竣工当時の姿を維持したまま現存しています。
 堰の左岸にはポプラの木が5本並んでいて、「川越景観百選」にも選ばれています。川越が舞台のNHK連続テレビ小説「つばさ」で、甘玉堂の居間にかかるカレンダーの絵として登場していました。しかも、この場所でなぜかサンバダンサーが踊る「つばさ」のロケも行われました。どのような話の展開で出てくるのでしょうか。

 田谷堰は、今年の見納めをお伝えした「誉桜」を臨む氷川橋の上流400mほどにあります。「桜にうつつを抜かした日々は仕舞い」宣言をしP1050435たばかりですけど、駆け込みでこの場所も紹介しておくことにしました。なお、いまの時期、ポプラの木は冬木立も同然。あえて桜といっしょに写そうとすれば、右の写真のような感じになります。

(第199号)

*追加関連記事 堰とポプラのある風景(第205号)

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圧巻だった誉桜花吹雪

 連載を続けている新河岸川(旧赤間川)沿いに咲く「誉桜」。今年も、見納めの時がやってきました。8日以降本格的に散り始め、9日には、見る見る間に木から花が減っていくのがわかるようになりました。川の水面は散った花びらで一面埋め尽くされ、まるで白砂を敷いた小道のようです。

P1050729 P1050730
 夕暮れの一時、風に煽られたくさんの花びらがいっせいに舞いました。これまでに見たこともないような桜吹雪です。視界も遮られ、居合わせた人の口々から言葉にならぬ歓声が沸き起こりました。慌ててカメラのシャッターを切りましたけど、ブレてうまくは撮影できませんでした。なんとか写ったのが上の2枚ですが、私の写真では伝えることができない圧巻の光景でした。

 こうして、桜にうつつを抜かした日々は仕舞いとなります。
 気付くと、桜は散っても木々には若葉が芽生え、花もたくさん咲いています。
 花を楽しみ、団子も楽しみ、そろそろ仕事に取り掛かることにしますか…。

P1050715

●関連記事
川越夕景(14)(第197号)
“誉桜”満開風景(第196号)
新河岸川観光舟運という春風雅(第195号)

(第198号)

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川越夕景(14)

 3号続けて「誉桜」を取り上げます。
 前号(第196号)で、今年の満開のようすをお伝えしました。それから1日経った8日午後、この日は曇りがちの天気でしたが、見に行ったちょうどそのとき、空を覆う雲のすき間から、ほんのわずかのあいだ日が差し込んできました。
 辺り一帯が夕日に染まるたおやかなる情景。
 1年のうち数日、それも限られた時間帯でしか見ることができない私の大好きな場面です。写真の作用を借りずこの色彩や雰囲気をあらわす文章力は、残念ながらいまの私に備わっていません。P1050653
誉桜夕照 2009年4月8日15時47分撮影 Panasonic LUMIX DMC-LX3
絞り優先AE,Tv1/60,Av6.3,ISO80,ホワイトバランス曇り,24mm(一部トリミングあり)

●関連記事
新河岸川観光舟運という春風雅(第195号)
“誉桜”満開風景(第196号) 前日の様子はこちらでご覧ください

(第197号)

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“誉桜”満開風景

P1050508
 今年は「誉桜」(川越市宮下町二丁目)に張り付きました。
 開花前から観察を始め、5日以降きょう朝まで、日に何度も足を運び移ろう表情を追ってみました。事務所から3分足らずという場所ゆえにできる芸当です。
 振り返ってみると、私の感性による今年の最盛期は、4月7日午前から昼すぎにかけての時間帯でした。前日までは上の方が咲ききらず、かといってその頃、先に咲いた下の方からは葉が芽生え始めました。そして、昼を境に散り始めました。
 上の写真は7日午前11時頃、下の写真はそれから2時間半後のものです。
 そんな満開の姿の一部をお楽しみください。

続きを読む "“誉桜”満開風景"

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新河岸川観光舟運という春風雅

P1050164
 今年で20回目を迎えた「小江戸川越春まつり」。3月下旬から5月の連休までの間、旧市街地域を中心に様々な催し物が行われています。
 そのうちの1つ、今年で8回目になる「新河岸川観光舟運(しゅううん)」が、氷川神社裏の新河岸川氷川橋周辺で先週と今週の土日にありました。足踏みをしていた桜の開花も、昨日と今日の陽気で一気に8分咲き程度まで咲き進みました。舟運最終日の今日、午後から日射しも出てまずまずの舟遊び日和となりました。私も家族を連れて楽しんできました。
 新河岸川舟運は、江戸時代初期、川越藩主松平伊豆守信綱により整備されたといわれています。鉄道が開通する明治の中頃まで、江戸と川越の間で物資を運搬する重要な輸送機関として川越の発展に貢献しました(1638~1931年)。観光舟運には、そんな川越発展の基礎である舟運の文化と歴史を語り継ぐ目的もあります。
 いまはまだ年に2回だけの試験運行。秋にはこの場所の上流で行われていますけど、春のここでの舟運風雅にはかないません。「誉桜」と呼ばれる桜並木の中を和船が行き交う趣は、いまや川越を代表する春景色の一つです。
P1050158

P1050310 ちなみに、乗船は無料。船頭さんもボランティア。そして、使われた船は、クレーンを使って陸揚げされ運ばれていきました。物珍しさあってか、こちらも見物客多数でした。

●関連記事 プチ・メジャーデビュー!?(第177号)

(第195号)

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連続テレビ小説“つばさ”始まる

 NHK連続テレビ小説“つばさ”の放送が始まりました。
 主題歌の背景をはじめ、ドラマの端々に現れるシーンは私の日常の風景そのものです。何より、ドラマの舞台である「甘玉堂」から私の事務所までは、直線距離にして200m少々。ドラマでも随所に流れている「時の鐘」の音色は、窓を閉め切っていても事務所に響く、私が毎日仕事をしながら耳にしている音風景でもあります。
 第1週の放送で流れた川越まつりのシーン。これは、昨年の祭りの実写版とロケで撮影されたものを、うまく編集して組み合わせたものです。じつは昨年、本当のお祭りのほかにもう1回一部の山車を出し、撮影のために本番さながらの2回目のお祭りをしていたのです。雨が多い川越まつりにあって、どちらも雨に降られなかったのは幸町だけに幸いでした。
P1040112  今週、テレビから流れる川越まつりのお囃子を聞いてそれだけで血が騒いだ川越っ子は、きっと私だけではないはずです。いまの川越は、つばさ一色に染まっています。これから半年間、ドラマのストーリーとは別に、川越の風景がどのように映し出されていくのか、注目してみていきたいと思っています。

(写真=街のあちこちに掲示されている番組ポスター,西武新宿線本川越駅にて3月21日撮影)

(第194号)

●関連記事
「甘玉堂」出現す(第121号)
つばさ写真集トークイベント(第209号)

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雨上がりの慈眼寺しだれ桜

 きのうは、午後から夜半まで雷も鳴る風雨でした。
 そして、きょうのこの強風。満開を待たずに、花が風に運ばれていきます。
 きょう一日で、どれほど散ってしまうのでしょうか。もしかすると、きょうが一番の見頃で見納めの日になるかもしれません。
 慈眼寺(埼玉県坂戸市)のシダレザクラについてこれまで、夕日に映える姿夜桜、とお伝えしてきましたので、最後に青空を背景に朝日を浴びる姿をお届けすることにします(4月2日午前9時20分頃撮影)。
P1040790

   世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
   (在原業平、「古今和歌集」巻第一春歌上53)

(第193号)

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慈眼寺夜桜

 当ブログ第190号「川越夕景(13)」で紹介した坂戸市の慈眼寺。その日の夕方、日が沈むまで粘っていたところ、住職さんがライトアップの準備をし始めました。6時過ぎに点灯するというので、そのまま少し待ってみることにしました。
 待つこと数十分。日も落ちて空に群青が広がった6時20分過ぎ、一斉に照明が灯されました。桜を見上げると三日月が輝いていました。しかし、日が暮れたら風が吹き始め、三脚も持ち合わせていませんでした。気温が下がり身体はガクブル状態。残念ながら、これでは被写体もカメラもぶれてしまいます。

 夜桜。見るのは好きですが、写真はあまり好きではありません。好き嫌い以前にそもそも上手に撮る技量もないのですが、これはこれで一枚キレイに収まったような気がします。いかがでしょうか。P1040722
慈眼寺シダレザクラ 2009年3月30日18時35分頃撮影
プログラムAE,Tv1/8,Av2.0,ISO100,24mm,DMC-LX3

 あまり好きではないという夜桜の写真をなぜ紹介したのか。それは、夜桜には欠かせないライトアップの準備作業を見聞きしたからです。
 住職さんひとりで、いくつもある照明器具を取り付け配線をされていました。それで拝観料を取るわけでもなく境内を開放し、ただみんなに楽しんでもらいたいというボランティアだそうで、その心意気に感服した次第です。

(第192号)

●追加関連記事 雨上がりの慈眼寺しだれ桜(第193号)

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中山スタジオが移転

 当事務所の斜向かいにある「中山スタジオ株式会社」の写真スタジオ兼事務所が、4月より市内の別の場所に移転しました。
 私がフィルムのカメラを使わなくなってから接する機会は少なくなりましたが、リバーサルの現像からプリントまで、写真に関することはすべてお任せしていました。証明写真はもちろん、こどもや家族写真なども全部中山スタジオさんにお願いしてきました。
 事務所の目の前にあるから、という物理的なことではなく、カメラマンで社長の中山昂生さんは温厚で気さくな人柄、そして何よりその確かな腕前でこれまでお付き合いさせていただきました。私のような“へっぽこアマチュアカメラマン”にも、丁寧かつ親切に接してくださいました。
 私がここで事務所を開いて10数年。その間ほぼ毎日のように顔を合わせていましたから、市内であっても移転してしまうのは寂しい気持ちで一杯になります。

 ところで、中山さんは、“世界で通用する報道カメラマン”KYさんと同一人物です(KYはイニシャルです)。ご本人の口からは一言もおっしゃいませんけど、1年ほど前の朝日新聞アスパラクラブの1面に大きく取り上げられていましたし、先月発売された週刊新潮(3月5日号)にも記事がありました。
 じつに身近なところにある写真スタジオのおじさんがKYで、写真の世界において超一流の大家であることを最近まで知りませんでした。そんなKYさんの威光をまったく感じ取れなかった私、それこそ周りからKYと呼ばれているかもしれません。もちろん、私のイニシャルはHHですから、私をKYと呼ぶのは通説と同じ意味です。

 ちなみに、移転先は、川越市大字的場2165番地13(電話049-234-8358)です。この記事はエイプリルフールではありません、念のため。

(第191号)

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