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NICU増床計画における私の視点

 昨年、東京都内で起こった、妊婦が複数の病院に受け入れを断られ死亡した事件のことを、みなさんはまだ覚えているでしょうか。
 その事件をきっかけに、周産期医療体制の見直しが急ピッチで進んでいます。2008年12月5日付け朝日新聞夕刊には、文部科学省が来年度から4年間ですべての国立大学病院に新生児集中治療室(NICU)をつくる計画を発表した、と報じられていました。来年度予算にNICU整備費として17億円を計上、付属病院にNICUがない9大学に順次設置する計画です。
 厚生労働省によると、NICUでの治療が必要な新生児は年間約3万6000人。しかし、現在日本国内にあるNICUは約2000床にすぎず、必要な数にはまだ1000床も足りないとされています。じつに3分の1もが不足しているのです。
 救急患者の受け入れ拒否の背景には、こうした慢性的なNICU不足があります。増床には、多額の経費と医師や看護師などの人材の確保が欠かせませんが、過重労働が懸念され、担い手となる希望者は少なく、財政面での手当も薄いのが現状です。施設の拡充と必要な人材の確保や育成は、車の両輪といえましょう。
 2009年2月8日付け日本経済新聞朝刊(※)では、「ベッド数の問題以上に深刻なのが人材不足」と、現場の窮状を報じています。なお、記事のなかで人材不足を端的に示している部分を引用して紹介しておきましょう。

 青森県唯一の総合周産期母子医療センター、青森県立中央病院(青森市)の網塚貴介医師は昨年十一月、NICUの窮状を訴える書面を厚生労働省の専門家懇談会に提出した。
 二〇〇七年度下半期にNICUを担当した医師は四人。しかし網塚医師を除く三人はNICUの勤務経験が一年以下だった。経験不足から、超低出生体重児の重い合併症である消化器に穴の開く病気の発生率が、全国平均の約四倍に上ったという。
 「生後早期の全身管理が行き届かなかったことが原因」「手薄な体制下、この半年間に入院された患者さんの中には、重篤な後遺症を残された方も少なくありません」――。書面にはやり場のない悲痛な文言が並ぶ。時間外勤務は、四人とも月に二百時間前後になったという。

 「ハコはあるのに人手がない」。こう訴えるのは、静岡済生会総合病院(静岡市)の杉浦崇浩医師だ。
 同病院のNICUは十二床。かつて医師が七人いた時は常に医師がNICU内で勤務していた。しかし四―五人に減ったため、シフトが維持できず、「超低出生体重児など、リスクの高い新生児を診られなくなった」という。
 静岡市内で二十四時間、ハイリスクの赤ちゃんを受け入れているのは原則、静岡県立こども病院一カ所だけ。杉浦医師は「県立こども病院のNICUは常に込み合うが、周辺の病院が受け皿になれるかというと、それは難しい。医師が分散しており、中途半端。行政が医師の適正配置を主導すべきだ」と言い切る。

(※)2009年2月8日付け日本経済新聞朝刊25面
「赤ちゃんの命つなぐNICU拡充、欠かせぬ人材育成―適正配置・技術向上急げ」より

 さて話を戻すと、事件が起こった東京都では、周産期医療センターは23区内に18病院あります。一方、多摩地域に目を転じるとわずか4病院しかありません。そのような状況下で都は、2010年3月までに、NICUのある清瀬小児病院や八王子小児病院など3病院を廃止し、府中市に「小児総合医療センター」(仮称)を新設する統廃合計画を進めています。
 埼玉県では状況はもっと深刻で、総合周産期母子医療センターは県内にわずか1箇所しかありません。そうした状況から、埼玉県内で生まれた重症児の3割が東京都内へ搬送されていますし、廃止が決まっている清瀬小児病院の入院患者の3割、外来患者の4割が埼玉県民で占められている、ともいわれています。
 都が進めている計画がこのまま実施された場合、影響は多摩地域だけに留まらず、隣接する埼玉県の周産期や小児救急医療体制の崩壊に波及することは、目に見えて明らかです。廃止され、実際に問題が起こってからでは手遅れです。だから、このような時流に反する都の計画は中止するか、いったん延期して再考するべきだ、と私は考えています。

 国や都は、新聞報道にあるような多額の経費をかけてNICUの増床をゼロから始めるのではなく、まず、いまある施設の維持及び充実に目を向けるべきです。そして、NICUの整備は都道府県ごとではなく、現実の医療圏に沿った見直しや検討が必要です。NICUは薄く広く点在していることが重要なのです。命が県境で左右されることがあってはなりません。
 いまの危機は、まったなしの深刻な社会問題です。多額の経費云々といいましたけど、ところで無意味にばらまかれ散財しようとしている定額給付金2兆円のごく一部だけでもこちらに充てられれば、この問題は一気に解決へと向かう可能性があります。冒頭で紹介した文科省のNICU増床計画の推進に充てる予算は58億円に過ぎないのですから。

 周産期や小児救急医療を維持充実させることは、生まれてくる命・助けられる命を明日に繋ぐ未来の世代に対する私たちの責務なのです。

*関連記事
都立清瀬小児病院をなくさないで(第87号)
都立小児病院を守る最後のチャンス(第234号)

(第171号)

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