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一日も早く権利証制度の復活を

 2005(平成17)年3月7日施行の改正不動産登記法で、いわゆる「権利証」の制度が廃止されてから、まもなく4年が経とうとしています。この改正で権利証に代わって導入されたのが「登記識別情報」ですが、このとんでもない制度によって、不動産取引の現場で司法書士は、決済時における確実な書類の確認ができなくなっています。
 なお、権利証とは俗称で、法律上は「登記済証」がこれにあたります。しかしながら、本稿において、あえてこれを区別する実益はありませんので、登記済証も権利証も同じことを言っているのだと理解して下さってけっこうです。また、本稿は一般向けに書いていますので、厳密には法的正確性に欠けたり、例外事項があるにもかかわらず触れていないこともあります。予めお断りしておきます(以下、長文です)。

<1 権利証とは>
P1030656 さて、上記のとおり権利証とは登記済証のことだと申し上げました。 読んで字のごとく“登記を済ませた証明書”です。登記の受付年月日及び受付番号とともに、「登記済」という朱色の大きな印判が押されています。
 まずは、権利証の役割を見ていくことにします。
 例えば、不動産を購入して登記をすると、登記簿には、売買年月日、購入者の住所及び氏名とともに、その登記の受付年月日及び受付番号が登録されます。その際、登記済証は1通だけしか交付されず、再発行は理由を問わず絶対にされません。だから、1回の登記で交付される権利証は後にも先にも1通だけ。世に存在する唯一無二のものであったのです。また、権利証を無効にする仕組みもありませんでしたから、預かったはずの権利証が「じつは失効していました」なんてこともありえませんでした。
 権利証かどうかは、一般的には、「登記済」という大きな印判が押された書類と登記簿に書かれている登記受付年月日及び受付番号の記載を照合することで、誰もが比較的容易に確認することができます。少なくとも司法書士ならば、確実にこれを見分けることができます。

 そういう特性から、不動産取引の現場においては、権利証を使った代金決済システムが定着していました。このシステムは長い間にわたって支障なく機能していて、いま考えても非常に優れたシステムだと思います。
 具体的にいうと、不動産を売り買いする場合、売主は権利証を含む登記に必要な書類の一切を買主に交付し、買主は売主の書類を確認したうえで代金を支払って所有権を移転してもらいます。これらは同時に行う必要があるため、当事者全員が銀行などで一堂に会し、そこに司法書士が立ち会って売主の本人性や書類を確認し、買主に代金支払いのゴーサインを出します。これが不動産取引の標準的な決済方法です。
 買主は、自己の名義への所有権移転登記が確実になされると司法書士が判断することで、安心して売買代金を支払うことができます。

<2 登記識別情報とは>
 つぎに、いよいよ登記識別情報について見ていきます。P1030657
 登記識別情報とは、先ほどの例でいえば、不動産を購入して登記をした買主に登記済証に代わって交付されるものです。実際には紙に書かれ目隠しシールが付されたものを交付されるのが一般的ですが、意味があるのはその紙に書かれている英数字12ケタの記号です。パスワードのようなものだと思って頂けるとわかりやすいかもしれません。
 こうして交付された登記識別情報は、この買主が将来不動産を誰かに売るとき売主として登記をしますが、その際に、これまでの権利証に代わってこのパスワードを買主に渡すことになります。それを預かる司法書士は、それをそのまま法務局に通知するわけです。すると、法務局は、登記をした所有者に交付したパスワードの記録と照合して確認をするという仕組みです。

<3 登記識別情報の問題点>
 ところが、登記識別情報には権利証には見られなかった数多くの問題が噴出しています。
 問題の1つ目は、パスワードが正しいかどうかは法務局以外の誰にもわからないということです。代金を決済するときに売主が持ってくるパスワードが正しいかどうかを客観的に判別することが不可能なのです。決済をする前にパスワードを教えてもらうしかないのですが、それは、未だ代金を受け取っていない売主に対し、権利証を先に預けろ、というに等しいことなのです。協力が得られないことの方がむしろ多く、仕方なく、合っているかどうか確証が得られない状態で、“たぶんだいじょうぶだろう”という勘頼みでの決済を余儀なくされることもあります。
 問題の2つ目は、そのパスワードが有効であるかどうかを調べるには料金がかかること(パスワード1個につき300円)です。登記識別情報は1つの不動産について各自1つずつパスワードが交付されるため、不動産の個数や共有当事者が多いときは、その数だけパスワードが別々にあります。そうなると、料金はもちろん、有効証明申請書の作成だけでも相当に面倒な作業になります。これが権利証ならば判別が容易であるとともに、そもそも確認に料金などかかりません。
 問題の3つ目は、パスワードは、いつでも所有者の意思で無効にできることです。先ほどの例でいえば、代金決済後、司法書士が登記の申請をするまでの間に、売主がパスワードを無効にして登記できなくしてしまうことだって可能なのです。だから、1つ目と2つ目の問題を乗り越え、パスワードが合っていることを決済前に確認することができたとしても、確認したその瞬間以降は、それが引き続き有効であるという保障はどこにもないのです。
 問題の4つ目は、登記済証から登記識別情報への移行が、各法務局ごとバラバラになされたことです。そのため、売主の登記が平成17年3月以降になされている場合は、まずその法務局がいつから新制度に移行しているかその都度調べなければなりません。添付すべきものが権利証なのか登記識別情報なのかによって、準備すべき事柄は大きく異なるからです。万が一、これを見過ごしたまま決済に立ち会おうものなら、全身に冷や汗が流れることでしょう(もちろん、以後の仕事もないかもしれません)。
 問題の5つ目は、登記識別情報そのものの問題点です。権利証は紙自体に意味があったのに、登記識別情報はそれが通知された紙自体には何の意味もありません。登記識別情報通知書面に書かれたパスワードをメモ用紙に書き写せば、それも有効な登記識別情報です。つまり、権利証は人にいくら見せても平気でしたが、目隠しシールの剥がれた登記識別情報を人に見せるということは、権利証を渡してしまうのとまったく同じことです。権利証なら紛失の有無は一目瞭然で管理も簡単でしたけど、登記識別情報が漏れる危険性には際限がありません。
 このような感じで、とにかく書き出すとキリがないほど、登記識別情報というものは問題だらけなのです。

<4 登記識別情報導入の理由>
 ここまで読まれた方には、それでは、そもそもなんで権利証に代わって登記識別情報という仕組みを導入したのか疑問に感じられたと思います。
 2005年の不動産登記法改正は、不動産登記にオンライン申請制度を創設することが第一の目的でした。これまでの紙の権利証ではオンラインで送ることができないため、それを克服すべく苦心のすえに考え出されたのが登記識別情報です。
 ところが、不動産登記オンラインは、権利証だけでなく、その他の添付書類もすべて電子化されることを前提に編まれています。印鑑証明書に代わって電子認証とか、契約書面や委任状までも電子文書で電子署名。登記完了後の登記識別情報通知も暗号化した記号だけをオンラインで交付する方法に限定するなど、とにかくアナログなものを一切排除する徹底ぶりです。
 しかし、そんな面倒くさいものを誰が利用するというのでしょうか。誰も利用しませんし、利用できません。司法書士として登記に慣れている私だってお断りです。
 ふつうの個人が生涯に数回という不動産登記のためだけに、電子認証のできる環境を用意するでしょうか。しかも、そんな大事な場面で、ただでさえ素人にはわけのわからぬ書類や用語が飛び交う不動産取引において、多くの人にとって馴染みの全くない電子署名などをやってみようなどと思うでしょうか。そういうありえない状況を前提にしているのが不動産登記オンライン申請制度なのです。
 それで結局、不動産登記オンライン申請の稼働率は、2007年末まではゼロと言っても過言ではない惨憺たるものでした。これに慌てた法務省がどうにかオンライン申請の利用率を上げようと思いついたのが、2008年1月15日から実施された最大5000円減税のインセンティブ策であり、電子認証は司法書士だけで紙の添付書類を別途持参又は郵送すればOK、という特例措置なのです。完了後の登記識別情報も紙で交付されるようになりました。
 それでどうなったかというと、登記の申請だけはオンラインですれば、その時点で順位確保がなされつつ、権利証を含む必要な添付書類はあとから送ればいいことになったのです。最初からこうしていれば、登記識別情報なんていう百害あって一利もない仕組みは必要がなかったはずです。
 笑っちゃうくらいおかしいのは、この期に及んでもこの特例はごく短い間の時限措置であること。そのうえ、紙での別送を認めたのに一部の書類はPDFでオンライン送信することを要求し、その修正は基本的に一字一句認めようとしません。依然として登記完了証はデータ交付だけに留めるなど、頭の固さはどこまでも頑強です。
 もしもPDFに不具合や誤記があれば、それだけで登記は却下されるハイリスクな制度であることは、昨年末にこのブログでもお伝えしたとおりです(第148号「オンライン申請という不動産登記ハイリスク」参照)。

<5 2005年法改正のもう1つの盲点>
 ところで、権利証に関する法改正では、権利証が担っていたもう1つの役割も排除されてしまいました。これは盲点ともいうべきことで、実務においてあまり話題にもなっていないので、今回取り上げておくことにします。
 権利証をなくしてしまった場合には、2005年改正前は「保証書」という制度がありました。過去に登記を受けたことのある人が2名、今回の売主が本人に間違いないということを保証して登記を申請すると、法務局から売主に「本当ですか?」と通知書が発送され、その通知書に売主が「本当です、間違いありません」ということで署名し実印を押印して返送することによって登記が受け付けられることになっていました。この場合、登記が受け付けられるのは、最後の「間違いありません」という通知書が法務局に届いた時点です。要するに、権利証がない場合に登記をするには、登記が受け付けられるまでに、この程度のタイムラグが発生したわけです。
 一方、2005年の改正後は、この点について大きく変わってしまいました。
 権利証(又は登記識別情報)をなくしてしまった場合には、「資格者代理人による本人確認情報の提供」という制度が新たに創設され、保証書の制度は廃止されました。ある登記を申請する代理人が司法書士か弁護士である場合、その司法書士等が売主の本人確認をして、その確認にかかる必要な情報の提供をして登記官がそれを相当と認めれば、仮に権利証などがなくても、申請書を提出した最初の時点で登記が受け付けられることになりました。
 これまでは、権利証を預かっていれば、まさかその日に売主が二重売買をしても、登記で負けることなどなかったのです。それがいまでは、とにかく早い者勝ちです。一方が、権利証や登記識別情報で申請しようと、とにかく受付順序の早い者が保護される仕組みです。順位確保に重要な意味を持つ現在の日本の登記制度において、権利証の現物を持っていればそれなりの安全性や優位性が保たれていると思うのは、もはや過去の幻想に過ぎません。
 このように、2005年の不動産登記法改正は、ただ単純に権利証が登記識別情報というパスワードに置き換わっただけではない、ということをぜひとも知っておいて頂きたいと思います。

<6 結びにかえて>
 このように改正後の不動産取引は、これまでの権利証を使った決済システムよりもセキュリティーが格段に落ちているのです。いや、はっきり言って、ものすごい欠陥システムだといわざるを得ません。このことは、司法書士であれば、誰もが共有している認識だと思います。そして、みな複雑な思いで日々執務しているに違いありません。
 それなのに、あろうことか司法書士の一部には、2005年改正で「資格者代理人による本人確認情報の提供」制度が創設されたことを、不動産取引において司法書士が公証権限を獲得する一里塚だと勘違いして、手放しで喜んでいる人たちがいます。登記識別情報制度の欠陥を逆手にとって、司法書士が生きていくための糧にしよう、司法書士が儲かる仕組みにもっていこう、と企んでいるどうしようもない連中もいます。
 彼らは決まってこう言います。司法書士は不動産登記の専門家である、と。ならば、その「である」ことに鑑み、利用者である国民の利便性や取引の安全性向上をまず第一に考えるのが筋です。そして、その「であること」を踏まえ実際に「する」こととして、問題のある制度の改善をユーザーの視点で世の中に働きかけていくのが職責の基本であるはずです。いまの司法書士界はどう見ても、その「であること」と「すること」が噛み合っていないように思えます。

 だから、私は、みなさんに声を大にして言わなければなりません。
 司法書士の一部からは、登記識別情報の不都合のみを殊更強調し、それにとってかわるべく、登記識別情報を廃止し、司法書士を利用しないと登記が簡単にはできなくなるような仕組みに変えていこうという声が聞こえてきています。じっさいに日本司法書士会連合会の主流派は、そういう方向で物事を考えています。
 そうなってしまう前に、一日も早く登記識別情報制度を廃止し、登記済証・権利証の制度(がもっていた機能のすべて)を復活させるべきです。
 登記識別情報より権利証の方がよかったことなど、ふつうの司法書士がふつうに思っていることです。そういう声がいつになっても連合会や法務省に届かないのは、これまた不思議なことだと思います。もしかすると、権利証という優れた制度が復活することで一番困るのは司法書士自身なのかも知れません。
 自分たちがどう生き残るかを前提に制度を考えているようないまの司法書士に、不動産登記制度を語る資格はもちろん、専門家責任を派生させて本人確認等を論じる資格などない、と私は断言します。

<7 蛇足>
 余談ですが、パソコン、高性能印刷機(プリンターやカラーコピー機)などの進化普及で、権利証の偽造事件が多発していたのが登記識別情報制度導入の背景にありました。ですが、私には偽造云々というのは“ためにする議論”としか思えません。紙に偽造はつきものである以上、1万円札や5千円札みたいに、ホログラムでも透かしでも特殊インキでも、最新の偽造防止技術を盛り込んだ統一用紙で『新・登記済証』を交付すればいいだけだと思うからです。
 不動産の買主は、登記簿にわずか数文字を書いてもらうだけなのに、ン十万円もの登録免許税を払わされています。それでようやく手にした権利証という物に、国民が一定の価値観や信頼感をもつことは当然ともいえます。制度上の裏付けだってあったわけです。それらを全部白紙にしたうえ、権利証に対する国民感情を甘く見積もって制度をさらに後退させてしまうと、私たちはあとで手痛いしっぺ返しを食らうような気がします。
 ちなみに、お札1枚の製造コストは、白川日銀総裁が2008年12月22日行った講演で、たったの16円だとお話しされていました。なので、偽造が容易でないキンキラキンの『新・登記済証』を作っても1通100円でおつりが来るはずです、きっと。

(第173号)

※3/1注記 記事公開後に,加筆修正を施した部分があります。ご了承下さい。

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