« 川越夕景(9) | トップページ | てつのみち2008 »

オンライン申請という不動産登記ハイリスク

 昨日、金融機関からクリスマスプレゼントをいただきました。
 御用納めの26日に抵当権設定1件。債権額は金1億円也。融資実行は午後で、法務局への持ち込みはその後になるにも関わらず、実行できないことがあるかもしれない不確実要素があって、しかも管轄は東京法務局渋谷出張所というお仕事の依頼でした。
 先約等の関係があって、オンライン申請を条件にお引き受けしましたが、そこからが憂鬱な気分の始まりです。

 さっそく書類を預かり必要な諸確認を行い、住所変更の前提登記を含めオンライン申請用の申請書を専用ソフトで作成、電子署名まで付加して用意万端整えました。文字1つのミスもないよう1時間以上かけて念入りに準備。あとは金融機関からゴーサインの連絡を受け、事務所のパソコンから「法務省オンライン申請システム」にログインし、クリック数回でデータを送信するだけです。
 そこまでの準備をしながら、先約等の日程変更その他で今日26日午後、渋谷を往復する時間がとれるようになりました。一瞬の迷いはありましたが、急ぎ15分ほどで紙の申請書に作り替え、事務所から往復4時間をかけF1030135て法務局の窓口に提出してきました。オンライン申請は中止になったのです。

 なぜ、このような徒労を演じる必要性があるのでしょうか。あとは「ぽちっとな」するだけだったのに…。
 結論を先に挙げると、不動産登記オンライン申請はリスキーなのです。以下、そのリスクについて少々綴ってみたいと思います。

 まず、私たち司法書士は、不動産登記における専門家です。この道のプロですから、通常ミスはしません。当たり前ですが、ミスは許されません。でも、プロといえども人間ですから、ミスをしてしまうことはあります。
 法律はそのことを予定していて、申請に不備がある場合でも、その不備を補正することができる場合には、登記官が定めた期間内に補正すれば、当初の申請の受付年月日及び受付番号にてその登記が実行されるようになっています(不動産登記法25条、不動産登記準則36条参照)。申請書の誤記はもちろん、委任状などの添付書類を別文書に差し替えることも「補正」で対応が可能です。プロの場合こうした補正は好ましいことではありませんけれど、ある程度の柔軟性も必要だと思いますから、現行の取扱いはまあ妥当といえるでしょう。

 ところが、オンライン申請の場合にはこの柔軟性が一変し、極めて硬直した取扱いがなされています(末尾通知を参照)。
 オンライン申請では、「登記原因証明情報」のPDFファイルを添付しなければなりません。登記原因証明情報とは、各種契約書その他当該登記に必要な法律事実などが記載された書面のことで、ごく一部の登記を除き必ず添付しなければならないものです。オンライン申請の場合でも、PDFの送信とは別に、紙の原本を2日以内に法務局に持参又は書留郵送して提出しなければなりません。
 問題はここからですが、オンライン申請における登記原因証明情報のうち登記原因又は登記事項に関係のある部分に誤記があった場合、1文字といえども補正は認められないのです。PDFと紙の内容が違っていたらダメということで、つまり、オンライン申請をしたあとの訂正がまったくできないのです。
 また、添付したPDFファイルが何らかの原因で文字化けしたり、法務局側で開くことができない場合でも、1回だけしか再送の機会が与えられず、しかもその間に同一不動産に対して対抗する別の登記申請があった場合には、その唯一の機会すら認めず却下されることになっています。
 紙の申請の場合には、極論すると多少の添付書面が欠けていても登記が受け付けられ、不足書類については相当期間内に追加でき、仮に誤記があっても別な書面に取り替えることができるのに、オンライン申請の場合には、とにかく、いったん取り下げて再申請することを要求されるのです。
 オンライン申請は、迅速な順位確保に役立つでしょうし、時限措置とはいえ一定の減税もあります。法務局に足を運ばなくても済み、利用者の負担軽減に寄与していることは否定できません。
 しかし、そうはいっても何より大事なのはそもそもの使い勝手ではないでしょうか。いくら迅速に申請ができて順位が確保できるといっても、その申請書を作成するソフトは不便極まりなく時間ばかり徒過。そうして紙の申請書の数倍苦労して仕上げても、システム障害は日常茶飯。そのうえ、ちょっとしたミスのために一律却下(取下げ)を余儀なくされるのではたまったもんじゃありません。結局、要するに、「即日申請」をシビアに要求される売買等による所有権移転や担保権の設定には”ツカエナイ”ということです。

 不動産登記のオンライン申請比率を向上させようと、法務省も日本司法書士会連合会もあの手この手の必死な活動をしているように見受けられますが、合理的な範囲での柔軟な補正を認めないようでは普及することなどあり得ないでしょう。オンライン申請の利用が依然として低迷しているのは、こうした運用も一因だと思います。

 プロフェッショナルとしてミスをしないよう細心の注意を払って業務に精励するのは当然として、一方で危機管理上、プロゆえにそんな危ない橋はできる限り渡りたくありません。
 今回のケースでいえば、住所変更における登記原因証明情報は住民票ですから誤記の恐れはないもののPDFファイル破損のリスクがあります(末尾<注>参照)。抵当権設定の登記原因証明情報は誤記にPDF破損にと二重のリスクがあります。1億円の保全がかかっているだけに、何度となく穴の開くほどチェックしても不安は尽きません。しかもこの年末年始に、権利証その他の書類に40万円分の収入印紙を同封して1月5日必着にて書留郵便で送らなければなりません。郵便事故まで気になり始め…こんな気が気でない年越しはまっぴらゴメンです。

 オンライン申請を中止して、紙の申請書を窓口に持参して受領証を受け取り受付を確認した私は、オンライン申請をめぐっての無用な逡巡から解放され、気分もようやく晴れ渡り、安心して年越しをすることができます。

 
 参考 平成20年12月12日付け日司連発第1685号

※ この文書で上記の「硬直した取扱い」に統一見解が示されました。ところで、この文書をよく読むと、たった一つの接続詞がないために文書全体が意味不明になっているのです。
 冒頭「さて……取り扱われていました」でこれまでの経過を述べ、それを逆接するため、接続詞「しかし」以下が続きます。「しかし……考えられることから、」までは、ふんふんなるほどそうだそうだ!、と流れていきます。それで、「このような状況を踏まえて別紙のとおり取り扱うこととする」とあるので、期待して別紙を読むわけです。
 するとどうでしょう、『なんだよ、ちっとも変わっていないどころか、こんな統一見解だされて前より悪くなったじゃないか!』というものがそこにはあるのです。これほど、どんでん返しな『しかし』は見たことがありません。
 ここは、「しかし……考えられる」で一旦切って、「ところが」「にもかかわらず」「それなのに」を入れないと文章が成り立ちません。実務における空気としては「そのくせに」が一番ぴったりかもしれませんが。

               *          *          *

<注> 2009年1月8日追記
 住所変更の登記をオンライン申請する際、PDFファイルの添付同時送信は不要とされていることに、この当時には気づいていませんでした(※書類そのものの添付は必要)。詳細は、コメント欄に記載しましたのでご参照下さい。

(第148号)

|

« 川越夕景(9) | トップページ | てつのみち2008 »

コメント

住所変更登記には、登記原因証明情報のPDFは不要ですので、念のため。(通達がどっかにありましたね。) 僕も、オンラインはハイリスクの上に、さらに事務効率が悪いのでやめました。

投稿: 総会出席者その2 | 2009年1月 8日 (木) 13時23分

 総会出席者その2さん、コメントありがとうございます。

 「住所変更登記には、登記原因証明情報のPDFは不要」とのご指摘。
 さっそくお調べしたところ、たしかにそのとおりでございます(不動産登記規則附則22条2項参照)。勉強不足で失礼致しました。ご指摘いただき感謝申し上げます。

 ※参考 平成20年1月11日法務省民二第57号通達、第1、1(5)なお書き
 「登記名義人の氏名若しくは名称又は住所についての変更の登記又は更正の登記については、登記原因を証する情報を記録した電磁的記録を申請情報と併せて送信することを要しない」

投稿: 鉄まんアトム | 2009年1月 8日 (木) 15時58分

オンラインの運用を改善するにはどうしたらいいでしょうか?
我々の声を法務省や衆議院参議院法務委員会に届けるにはどうしたらいいでしょうか?
いい大人なんだから考えましょう。

投稿: 匿名希望 | 2015年12月 9日 (水) 11時36分

 匿名希望さん、お尋ねの事項ですが、さて、どうしたらいいでしょうかね?
 まず大前提かつ一般論として、発信が匿名で、かつ、相手に申告する自らの連絡先すらデタラメでは全く話にならないでしょうね。いい大人のすることではありません。無責任の極みです。
 お調べしたところ、匿名希望さんが当方に申告されたメールアドレスは存在しません。架空のメールアドレスを申告してのコメント送信はご遠慮下さいませ。

 また、時を前後して、同じお名前とアドレスにて、弊ブログ「仙波山なごりの紅葉」(2015年12月6日付け第853号)にもコメントが投稿されました。しかし、内容は当該記事とは全く関係がなく、他の読者に不快を与えるおそれもあると見受けました。よって、当該コメントの公開は差し控えます(以後同様です)ので申し添えます。

投稿: 鉄まんアトム | 2015年12月 9日 (水) 15時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オンライン申請という不動産登記ハイリスク:

« 川越夕景(9) | トップページ | てつのみち2008 »