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都立清瀬小児病院に関する署名活動への御礼と雑感少々

 当ブログ記事2008年7月30日付け「都立清瀬小児病院をなくさないで」(第87号)にて、同病院の存続等を求める東京都議会に対する請願署名活動への協力を呼びかけたところ、きょう11月14日までに、私のもとに署名用紙216枚、合計967筆分の署名が寄せられました。
 多数の方にご賛同及びご協力いただき、とても感謝しております。私一人だけの力では、これほど多数の署名など集めることはできません。皆さま、本当にありがとうございました。
 寄せられた署名用紙は、きょうまでにすべて、取りまとめ団体(都立清瀬小児病院を守る会)へ転送致しましたので、まずはこの場で取り急ぎご報告申し上げる次第です。

 ところで、署名活動一般をめぐっての雑感を、この機会に少々綴っておこうと思います。

 今回、5名分が署名できる用紙に「自分の分しか書けずに申し訳ありません」というメモ書きが付され寄せられているものがいくつもありました。
 申し訳ない、なんてことはありません。1枚だって1筆だって、署名をお願いしている立場からしたら、本当にありがたいことです。何万筆という大規模な署名だって、1つ1つ、1人1人の思いの積み重ねによって成り立っているのですから。
 でもなぜ、1筆だけだと「申し訳ない」と恐縮されるのか、そんなことを漠然と考えていたら、先日気づき思ったことがあります。

 日常生活において、様々な署名集めに接します。「これ、よろしく」といって署名用紙を渡されるところまではいいのですが、なかには、署名するかしないかの返事もしていないのに(つまり、その署名が訴えかける内容に賛成であるかどうかも分からない時点において)、「何日までに何人書いて持ってきて」と具体的な数値目標つきで一方的に言い渡されることがあります。いや、むしろ、そのように有無を言わさず、良いことをやっているのだから、人として当然のことなのだからと言わんばかりに、趣旨説明もなしに協力を強要するものの方が多いように見受けられます。こうなってしまうと、それはもう善意の押し付け以外のなにものでもありません。

 そもそも署名するかどうかはもちろん、すすんで署名集めに協力するかどうかは、個人の思想及び良心の自由の観点から、各人の判断に基づき各人が自発的に決するべきものです。署名集めをしている当事者の家族であろうと、関係者であろうと、構成員であろうと、その性質に変わりはありません。
 そういう筋合いのものであることをうっかり失念したのか、つい先日、ある署名集めの趣旨に賛同し、2,3の署名も集めて取りまとめ先に署名用紙を持参したら、「1人あたり30筆の割り当てだからまだまだ少ない」とか、「署名欄に空欄があるから、できるだけ全部埋めてから持ってきて」ということを言われ、わざわざ持参した用紙を受け取ってもらえませんでした。
 はっきり申し上げて、この対応には唖然とするとともに、違和感を通り越して反感を覚えました。署名の趣旨には賛同しても、その内容がどんなに素晴らしいものであっても、こんな署名集めに協力などしてやるものか、という気持ちがもたげてくるのは性格の悪い証拠でしょうか。私には、この突っ返された署名用紙を破いてしまう、これを思い留めるのが精一杯です。

 私は、(上記のような署名集めの仕方をしている団体が)こういうことをしていては、何かを、ましてや役所を動かし世の中を変えていくことなど不可能だと思っています。さらに踏み込むならば、そういう団体だから世の中を変える力にならないのだ、と。署名は自己満足の道具ではありません。
 せっかく中身に共感してもらっても、共感してくれた人がその運動に加わってもらわなければ本来的な意義は薄いでしょうし、さらにその運動を広げて発展させていくことなどできないのではないでしょうか。署名に協力してもらうということはその第一関門であるはずです。なのに、個人ができる範囲で運動に協力する意味を込めて協力した署名に文句を言われては、今後どうしてその運動に参加しよう広めようなどと思ってくれるでしょうか。あり得ないことです。
 あることについて先頭に立って運動を進めたり自分が意見表明をすること(自分だけの問題)と、それに共感を求めて署名集めをすること(他人の協力が欠かせない問題)とは、運動を進める側においてそれぞれ違った接し方を考える必要があると思っています。名前を明かすことはできないけれど、その運動には賛成だ、という人は案外に多いものです。そういう支持者を離さない運動こそ、草の根の運動というのではないでしょうか。だから、いっとき無理してたくさんの署名を集めたって、そんなものには何の意味もないのです。
 署名集めは、それを通じて運動を広げていく効果がありチャンスでもある一方、使い方を誤れば、運動をつぶしてしまう両刃の剣であることを理解したうえで実践しなければなりません。

 そういうわけで、今回のことに限らず自分も人に署名をお願いする際は、そういった反感を買わぬよう十分に配慮しなければならないと痛感した次第です。

(第125号)

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