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オレサマ日司連はひふへほー

 このブログは,読者層を特定せずに書いています。
 いま,私たち司法書士の間で問題とされている(されていた,という方が正しいかも)ことに,「本人確認等に関する会則改正問題」があります。このブログでも何度も取り上げて参りました。一般の方には難しく,興味もないかもしれませんが,一部とはいえども法律事務を扱う資格者団体における内部の病状を,ぜひとも知って頂きたいのです。

 まずは,繰り返しになってしまいますが,あらためて問題の必要最小限の要点を確認しておきましょう。
 日本司法書士会連合会(以下,「日司連」といいます)は,2007年10月以降,全国の司法書士会に対し,司法書士が業務を行う際,1)相談を除くすべての業務のすべての当事者について本人確認及び意思確認(本稿においてこの両者を,「本人確認等」といいます)をし,2)その記録を作成して,3)これを10年間保存する,以上3要素を内容とする会則を制定するよう要請しました(*1) 。
 一方,2007年3月に成立した「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下,「犯収法」といいます)では,令状なしでの警察の立入検査権が定められました(*2) 。そんな法律の成立とあいまって,司法書士が厳格に守らなければならない会則に,広範な依頼者の記録を保存するよう義務づける改正をしようというのです。もしも犯収法に基づき警察が事務所に立ち入った場合,依頼者のプライバシー情報が,国家(しかも警察権力)に蓄積されてしまう恐れがあります。そうなると,依頼者と司法書士を繋ぐ信頼の根幹である守秘義務を全うできなくなるのではないか,という懸念が生じます。それゆえ私は,日司連の会則改正案に反対する立場に立っているのです。
 以上が問題の本質ですが,今回は犯収法の問題には直接は触れません。今回取り上げるのは,その会則による本人確認等そのものをめぐる現場の混乱です。それでは,前置きはこのぐらいにして,お話しを続けていくことにしましょう。

 本人確認等は,本来,個々の業務の際,個々の業務に応じ,個々の司法書士の責任において検討がなされるべきものです。それを日司連が会則で画一的定型的に(より率直に表現するならば,がんじがらめの杓子定規を)定めようとしたことで,現場で仕事をする司法書士はもちろん,司法書士と接する一般市民や周辺業界をも巻き込むことになりました。
 当たり前のことです。
 だって日司連の会則では,銀行から登記の仕事を頼まれたとき,銀行に行って窓口の向こうで仕事をしている人に,「あんたここの銀行員にまちがいないか」と確認し,「あんたは正規社員か派遣社員かどっちだ,派遣はダメだぞ」「本当かどうか確認するために社員証を見せなさい,住所と生年月日も教えなさい」と言え,というのですから(*3) 。銀行の窓口の中に銀行と無関係の人がいたら,その時点で事件です。

 そもそも,なんでこんなことをしなければならないのでしょうか。
 日司連は,この会則改正について,司法書士の本人確認等がずさんであるという現状認識に立って「本人確認等について職責上の義務を明確にし,それらの記録作成と10年間の保存を新たに義務化する」(*4) 「会則化するということは,司法書士の本人確認等について対外的な正当性(法的根拠)を与えることになり,個人情報の保存を正当化できる根拠になる」(*5) とか,「オンライン登記申請における司法書士の業務権限の拡充に向けた基盤整備」(*6) などと説明していました。とにかく理由付けはどうであろうと,不動産取引において司法書士が関与しないと登記が実行できないようしたいのです。登記における公証権限を獲得し,つまるところ,登記業務を独占するのがねらいです。
 だから,とにかく,すべての業務のすべての当事者を一律に確認して記録も残さないとダメなのです。そこには,登記の安全性や信頼性,国民の利便性や基本的人権の発想はまったくありません。日司連の頭の中は,司法書士の権限拡大のことのみです。要するに,”司法書士の,司法書士による,司法書士のための会則”なのです(*7) 。

 でも,その第一歩である全国一律の会則改正は日司連の思うように進まず,未だ実現していませんし,実現の目処も立っていません。すると今度は,「本人確認等は,会則改正の有無にかかわらず,司法書士法2条(*8) に基づく職責として行うべきである」「本人確認等をしなければならない法的根拠は,本人確認等を義務づける会則ではなく,司法書士2条の職責だ」などと言い出すようになりました(*9) 。
 今回の会則改正は,「職責から導かれることを基準として定めたに過ぎない,ゆえに会則を定めていない会もこの基準に従って執務しなければならない」ということのようです。その日司連の立場に立脚してみると,会則を定めていようが定めていまいが基準に従うのは職責上の責務だと。ならば,会則で定めて律しなければならぬ根拠は根元から瓦解することにはならないのでしょうか。
 原理原則,法的根拠,言動の一貫性整合性……(ちゃぶ台ひっくり返して)そんなの関係ねえ,というオレ様状態です。

 そのような泥縄状態の日司連がやりはじめたのが,今回初めて当ブログで取り上げる”本人確認等に関する特例的例外の五月雨式通達”なのです。
 これは何かというと,日司連が,『A社とB社の間には,登記事務について委託契約がされている。その委託契約の存在と内容はオレタチ(日司連)が確認した。だから,オマエラ(司法書士)は何も考えず,A社の担当者の本人確認等をもって,B社の本人確認等をしたこととみなすのだ。』という趣旨(まちがっても,B社に対し,いちいち本人確認等はするなよ,ということ?)の通達を連発しています(*10) 。
 メガバンクとその関連会社の一部(なぜか全部ではない)をはじめ,証券取引所への上場がなく過去1年間日本経済新聞の記事にも上がってこないような名前を聞いたことのない会社についてまで,上記趣旨の通達が出されているのです。
 職責に照らし,こんな通達一片で,とても本人確認等を省略できる状況ではありません。「あいつの権利証はオレタチが確認済みだ。だから,オマエはオレタチを信用して登記を受任しろ」というのに対し,「かしこまりました」と答えてそのとおり実践するようなものです。あり得ません。

 すべての業務のすべての当事者をオレ様の決めたやり方で確認しろ,と言い出したのは日司連です。そうしたら,確認しようとした相手から文句を言われ,職責に照らして相当と認められる方法でやれ,と言い出したのも日司連です。それらを引っ込めずして,今度は,こことあそことそっちもあっちも,全部こっちで確認したからもう確認するな,と言い出しているのです。日司連に従ってマニュアル通り動くのが司法書士の職責なのでしょうか。日司連の頭にある「職責」って一体何なのでしょうか。
 まさに泥舟も沈没寸前。そこにきて,極めつけともいえる事態が起こりました。
 日司連は,2008年11月11日,「貴会会員のホームページ上の記載について(要請)」(日司連専発第0006号)と題する文書(*11)(以下,「本件文書」といいます)を,全国の司法書士会会長に宛てて出したのです。
 本件文書は,上記のような特例的例外の顛末を,司法書士が個人で開設するブログ上に公開していることを重大な問題として取り上げ,その司法書士のブログ記事を削除するよう要求(*11) 。「これは,特定会社間の契約関係を公表するものであり,これらを当事者の承諾なく公開することは著しく妥当性に欠け,ひいては社会一般の司法書士制度に対する信頼を損なうことになりかねない」として,今後そのようなことが起きぬよう所属会員に周知徹底をするよう求めています。

 もう,しっぽが丸見えになっているのに,まだ化けているつもりのようです。

 私たち末端の司法書士には,「特定会社間の契約関係」の有無はもちろん,「当事者の承諾」の有無など,一切わからぬ関知せぬ事柄です。なのに,全国の司法書士に対し,「特定会社間の契約関係を公表」したのは,そもそも誰でしょう。何の注意書きも付さず,全国の司法書士に安閑と「当事者の承諾なく公開」したのは一体誰なのでしょう。契約関係を確認したのも公開したのも,全部,日司連です。
 日司連は,本件文書で司法書士ブロガーの自粛や萎縮効果をねらったのでしょうけど,それは残念ながら逆効果です。日司連がなりふり構わず言論の抑圧をしようとすればするほど,反発する司法書士が増え,混乱が広がっていくだけです。
 だから,これまでに何度も申し上げているように,日司連は,今回の会則改正方針を再考し,いったん白紙撤回したうえで出直すべきなのです。土台部分がゆがんだ積み木は,どんなに面倒でも最初からやり直すしか方法がありません。司法書士を恫喝して黙らせることができたとしても,金融機関や不動産業界,弁護士会や税理士会などに対してそうはいかないのです。
 しかし,オレ様状態にある日司連の暴走は,一向に停まる気配を見せません。
 私は,司法書士の職責に照らして考えた場合,こんな日司連に従順であることが,司法書士としてもっとも不相当なことだと思います。「社会一般の司法書士制度に対する信頼を損なうこと」をしているのは,佐藤純通会長や酒井寿夫専務理事,あなたたちの方ではないのですか。このことだけは,司法書士の職責として,明確に申し述べておかなければなりません。

               *          *          *
<脚注>

(*1) これに至る経緯については、当ブログ第3号「埼玉司法書士会で”緊急”理事会」記載の時系列を参照して下さい。そのほか、当ブログの右サイドバーには「本人確認等に関する会則改正問題についての記事一覧」としてリンクを貼ってあります。
(*2) 犯収法17条
(*3) 日司連「依頼者等の本人確認等に関する規程基準」日司連平成20年5月21日付け「登記事務における本人確認等についてのQ&A(金融機関用)」
(*4) 日司連「本人確認等に関する資料集」p14「会則の改正等の経緯」(酒井専務理事)
(*5) 日司連平成19年11月21日付「『本人確認等に関する司法書士会会則一部改正』に対する会長声明」の3.会則改正の目的
(*6) 同声明の2.会則改正に至る理由
(*7) 同声明の3.会則改正の目的より、「登記原因証明情報の作成権限・認証権限の獲得をはじめ・・・司法書士が原本証明することにより認証する権限の獲得が必要と思われ、その前提として、本人確認・意思確認の徹底とその記録保存の実績が重要となるわけです」
(*8) 司法書士法2条(職責)「第二条 司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。」
(*9) 平成20年7月30日付け日司連発第733号「本人確認等に関する事務の取扱いの会員指導について(お願い)」に次の文章があります。すなわち、「ご存じのとおり登記業務の受託に関し、依頼者等の本人確認、依頼の内容及び意思の確認の義務は、司法書士法第2条の職責上の義務であって、今般の会則一部改正によりあらたに義務化されたものではありません。したがって、会則改正をしていない司法書士会の会員であっても司法書士法の要請として依頼者等の本人確認、依頼の内容及び意思の確認は、当然に行わなければならないことは、改めて申すまでもないことです」
(*10) 平成20年8月13日日司連発第796号、平成20年8月27日日司連発第869号、平成20年9月5日日司連発第933号ほか多数
(*11) 日司連専発第0006号の記述は以下のとおり。「当該会員については、所属会に対して当該記述の削除要請等の適切な指導をするよう要請したところですが…」

(第129号)

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コメント

 東京会の橋爪です。
 数年前の、関ブロの新人研修でお会いして以来だと思います。
 廣田さんの意見は、NSR2でも見させていただいていますが、当然のことを主張しているに過ぎないと思っています。
 では、連合会のどこに誤りがあったのかですが、個人的には、犯収法第4条の「顧客」とは、本来「依頼者」を指すところが、そこに「委任者」までをも持ち込んだ(連合会の「本人確認等に関する資料」93ページQ34)ところから、おかしくしてしまったのではないでしょうか。
 公表できませんが、法務省高官(審議官・局長クラス)は、「顧客」とは「依頼者」であることを、明確に認めています。

投稿: 橋爪 | 2008年11月25日 (火) 09時08分

 橋爪さん、こんにちは。
 私が関東ブロック新人研修会に研修生として参加したのは、いまから15年前の1993年。その後、運営のお手伝いをしていた時期を考慮しても、もう10年以上も前のことだと思います。その節は、大変お世話になりました。

 今回の会則は、日司連が、ちょうど1年前の同じ時期、定時総会ではなくわざわざ臨時総会を開いて改正議決するよう求めたものです。その理由は当初、犯収法対応でその施行に間に合わせるため、と説明されていました。
 しかし、日司連(というよりはむしろ佐藤純通会長)の頭の中には、犯収法対応などどうでもよかったのでしょう。いや、佐藤会長を含む「登記公証人」になりたい一部の司法書士にとって、犯収法は千載一遇のチャンスだったのです(これは私の意見)。
 永年の夢である登記公証人になるために避けて通れないのは、「すべて記録して保存する」こと。これを義務化する又とない好機と捉え、まさに犯収法を”渡りに船”として進めた施策がこの会則改正であろう、というのが私の見方です(これも私の意見です)。

 犯収法対応ということであれば、弁護士会が「法律家」として同法について社会に警鐘を鳴らしているように、同じく法律家を標榜する司法書士会としては、法案段階から人権上問題になっていた点に十分配慮した会則改正が提案されるはずですし、そうされるべきです。しかしながら、日司連が示したのは人権上の問題をより深化させる会則でした。
 いまではもう開き直ったのか、日司連は、犯収法対応の「は」の字も口にせず、「権限拡大の礎」論やデータセンター構想へとさらに問題を飛躍させてしまっています。それゆえ「しっぽが丸見え」と申しました。

 日司連は、以上のようなことに大多数の司法書士が気付かぬうちにさっさと、(会則改正を)やってしまいたかったのでしょう。犯収法施行後では遅かったのです。
 だから、橋爪さんのおっしゃる「おかしくしてしまった」というのは、多くの司法書士にとってそのとおりでしょうけど、当の日司連執行部にしてみたら「ばれてしまった」という表現の方が適切なのだろうと思います。おかしくなったのではなく、最初からこれで狙い通りだったのです、バレなければ、ね。

投稿: 鉄まんアトム | 2008年11月25日 (火) 18時00分

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