暴走とまらぬ僭越者
司法書士会から「本人確認等に関する事務の取扱いの会員指導について(お願い)」と題する上記文書が転送されてきました。
当ブログでこれまで報じてきたとおり、日本司法書士会連合会(以下、「日司連」といいます)は、昨年来、全国の50の司法書士会に対し、依頼者の本人確認並びにその記録作成及び保存(以下、「本人確認等」といいます)に関する会則制定をするよう求めています。
しかし、この方針に基づく制定を求めている会則基準には、国民のプライバシー権や犯罪収益移転防止法との兼ね合いで重大な問題を含んでいることも、当ブログでお伝えしてきたとおりです。
日司連の求める会則基準による執務は、これまで司法書士が司法書士法第2条から導かれる職責として行っていた本人確認等のスタイルを一変させるもので、その証左として、全国銀行協会など外部の承諾及び協力なしには実現できないことを要求するものです。
ところが、上記文書を読むと、日司連が金融機関をはじめとする一般国民に負担と犠牲を強いて行おうとしている本人確認等の方針は、この会則制定によるものではなく、これまでどおりの職責から導かれるものだというのです。
おかしいとは思いませんか、皆さん。
この会則は、職責から当然に導かれることを基準として定めたに過ぎない、ゆえに会則を定めていない会もこの基準に従って執務しなければならないから、会則を定めた会と同じように(定めていない会則に従った)執務をするよう会員を指導されたし、というのです。この日司連佐藤純通会長の立場に立脚してみると、会則を定めていようが定めていまいが日司連が定めた基準に従うのはこれまでと同じ職責上の義務だと。ならば、会則で定めて律しなければならぬと、声明まで出していまなお死にもの狂いで求めている会則を制定しなければならない根拠はどう説明するのでしょう。根元から瓦解することにはならないのでしょうか(自己矛盾の露呈)。
じゃあ、あんた、いま、いったい何をやっているんだよ?
(#´゜Д゜)つ゛Ωポヵーンポヵーン
そんな自身の主張の欠陥を、臆面もなくあからさまにしたかと思いきや、続けて、
「本人確認事務を励行している金融機関において、ある会員は本人確認を不要であると主張するようなことがあると…」だと。
個々の司法書士が職責に基づき本人確認等をするにつき上記次第の日司連が考えた基準を拒絶すること、すなわち本人確認は不要であると主張すること、と論理はここから一気に飛躍していきます。あとはもう支離滅裂。「及び」「並びに」の使い方すらまともにできておらず、もはやこれ以上のコメントは苦痛そのものです。
私は、こんなリーガルマインドの片鱗も見受けられない佐藤純通さんに指導などされたくありません。しかし残念ながら、全司法書士の過半数を超える多数は、この佐藤純通さんを支持しています。日司連の代議員から、誰一人として佐藤純通さんを解任しようという声も上がりません。
私には、大多数の司法書士が佐藤純通さんとともに一丸となって、司法書士の最大の職責とされる「国民の権利の保護」(司法書士法第1条)を踏み台に「司法書士の権利の保護」を求めているように見受けられます。そういうことであるならば、司法書士制度は国民の権利の保護にとって有害無益。司法書士制度の目的達成のため、私が人生の道と選んだこの司法書士制度を廃止するべき、という帰結に行き着いてもやむを得ぬことなのかもしれません。
(第91号)
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