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事実と意見を考えて

 日本司法書士会連合会が発行している月刊誌「月報司法書士」で、今年1月号から、某大手新聞社の論説委員による「司法書士のための文章技術」という講座記事が連載されています。
 最新の5月号は、「『事実と意見』を考える」というテーマでした。文章の書き方に関する本には、必ずと言っていいほど挙げられる事柄です。しかしこれは、モノを書く者にとって、”判っちゃいるけど…”という永遠のテーマともいうべき困難な課題でもあるのです。でも、これが判っているのと判っていないのとでは、天と地ほどの差が出てきます。

 私たちは、日常生活の中で、人それぞれ様々な意見を持っています。ときに、意見と意見がぶつかり合い、議論が生じることがあります。ここで議論を「けんか」と混同してしまってはいけません。議論とけんかは似て非なるものなのです。
 例えば、甲論を展開するグループAに対し、甲論を批判するグループBが乙論を展開したら、両者の議論により甲論と乙論の違いが次第に絞られて争点が明確化し、両者間での説得や妥協をしながら合理的な結論が導かれる。そのようにして問題の解決を図っていくために議論をするわけです。これが法的な問題を含む現場における対立であれば、まず事実に裏付けられた仮説を立て、その立論は法的な論考を踏まえた検証を経て、絞られた争点にはさらに法的な検討がなされ、結論は法的に妥当な内容で解決されなければならないものです。こうした議論は、文章によってなされることで緻密さが増し、無用な誤解などを回避することにもなるのです。訴訟はその典型ともいえるでしょう。
 ですから、議論の過程において書かれる文章というものは、より厳密に事実と意見を区別して書かれなければなりません。抽象的な表現は慎み、事実は具体例を挙げ、そのことと関係があるような意見を簡潔明瞭に述べるようしなければならないのです。このことは単なる文章論に留まらず、訴訟実務において避けて通れない要件事実論にも通じるところがあると思います。
 仮に、グループAが先輩集団でグループBが後輩集団だからといって、Bによる乙論を展開する書面に対し、「先輩に楯突くのはけしからん」「失礼な話」だと反論する書面をAが書いたとしたらどうでしょうか。超高利のヤミ金融から借りて返せなくなった当事者に、「借りたものを返すのは当然だ」と説教するのはどうでしょうか。
 そんなことをしても法的に争点は絞れませんし、それに説得力がありません。法的な解決には繋がりませんし、リーガルマインドをもってすれば、そもそも無関係で無意味なことに気付くはずです。それどころかむしろ、誤解を生じさせ、感情的な対立をも呼び起こす危険すらありますから、注意して避けるべきなのです。

 司法書士という漢字からは、法を司る「書」の「士」(さむらい)であることが読み取れます。そこには、司法に関する書き物によって人様から報酬を頂く、という司法書士資格の歴史的な経緯が込められています。訴訟の現場においていまでは、訴状や準備書面の作成という書き物だけではなく、一定の限度で代理人となって報酬を頂くようにもなりました。そのようなプロ中のプロともいえる団体の機関誌にあって、文章技術を説く講座が連載で組まれるという背景には、司法書士による文章技術がぐずぐずになってしまっている現状があるということでしょうか。
 このようことを懸念するのは、司法書士が書く文章において、最近とみに、事実と意見がごちゃ混ぜになってしまったものを目にする機会が多くなったからです。
 事実を述べているとしか読み取れない部分で客観的な事実でないことが書かれ(つまり裏付けがない)、それゆえ意見が幾重にも飛躍しているような形のモノは枚挙に遑がありません。すでにこのブログでも最近の記事で具体例をお示ししました。また、どこの誰がとはここであえて申し上げませんが、いまだにそのようなぐずぐずになった書き物を目にしてしまいます。
 このような文章群は、「他山の石」としては有用なこともありますけど、あまりにみっともなくて、何だかこちらが恥ずかしくなってしまいます。議論をけんかの次元に押し下げ、それでいて議論にならないなどとボヤいているんですから、それこそ失礼な話で、笑い種もいいところです。

 いい文章を書くためには、いい文章にたくさん触れることが大切です。それ以上に大切なことは、数多くの文章を実際に書くことです。もちろん、書く際には事実と意見の区別にできる限り注意しなければなりません。意見を書くならまず事実。筆を滑らすのも自分、止めるのも自分。少なくとも私は、みなさんに「他山の石」を提供することにならぬよう、気を引き締めたいと思います(…この文章は意見ばかりですが)。

(第74号)

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コメント

いろいろな意味で、お疲れさまでした。
それにしても、読み手に伝わりやすい文章を書くことは難しいものですね。
自分では良いと思っていても、課題によっては感情移入が激しくなってしまったりと、苦労しています。
『いい文章にたくさん触れる』とは、至言です。
自己の文章を冷静に読めない小生は、他人の文章で伝わってくる何かがあるものを非公開ブログで引用させて頂いています。
今後も、無断で貴兄の文章を引用させて頂くと思いますので御了承願います。
益々の御活躍を祈念しています。

投稿: 喜多川歌麿 | 2008年5月29日 (木) 19時19分

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