加津佐の風、昭和の薫り
「加津佐」と聞いて、すぐにわかる人は少ないと思います。
加津佐は、長崎県島原半島にある行き止まりの終着駅です。
島原半島の北東南岸にへばりつくように走る島原鉄道。諫早から島原を経由し、雲仙普賢岳の麓を通り加津佐(南島原市・(旧)南高来郡加津佐町)に至る全長78.5kmのローカル私鉄です。ぜひいまのうち、地図をご覧になってみてください。
このうち、通称”南目線”(みなんめせん)といわれる部分の島原外港-加津佐間35.3kmが、きょう2008年3月31日をもって廃止されます。
この鉄道には、「キハ20型」という1950年代に製造された車両が現役で走っています。ドアは手で開け、網棚には網が張られ、窓の下の台は木で出来ています。昭和の時代が薫る”名車”ですが、車齢は50年。いまとなっては部品の調達も容易でなく、こちらも同日限りでの廃車が決まっています。
半島にあるローカル線の終着駅には興味があります。ここ加津佐にも以前から「行ってみ
たい!」と思ってはいたものの、噴火災害の復興を成し遂げた底力の影に安閑としていました。
昨年1月に同区間廃止の決定が伝わり、遠方であることも相俟って、半ば訪問をあきらめていました。2006年の九州訪問時に対岸の三角まで行きながら、有明海を渡らなかったことを悔やみました。高千穂と違って島原は、復旧して運行を再開していたのに、です。
南線はもちろんのこと、島原鉄道を走るキハ20が見られるのも今日が最後です。
その姿を見たい、と私は思いました。
でも、鉄道雑誌を見れば記事があり、ネットを探せばたくさんの写真やビデオを観ることもできます。だから、わざわざ長崎まで行かずとも、どんなものかは大方の見当がつきます。ありがたい時代です。これで納得しようと思っていました。
しかし、なんと言えばよいのでしょう。写真やビデオでは伝わらない”モノ・コト”があります。乗客の立ち居振る舞い、車内の匂い、走るときの揺れ、車両そのものがその場にある臨場感、遠くからこだまする汽笛、頬を撫でる潮風、そしてそれらが一体となって醸される土地の空気。こういうものはやはり、「現場」に行かないと実感できません。
南線最後の土日という鍔際になっても頭から離れず、やはり私は島原へ行くことにしました。残された時間は少なく、金曜午後の博多行き「のぞみ」に飛び乗りました(かけ込み乗車ではありません、念のため)。要は決断するか否か。決断すれば、7時間で諫早です。
現場に来たことは正解です。
とくに、いまにも崩れ落ちそうな普賢岳の山肌が間近に迫り、真新しい橋や構造物の群が物語る火砕流や土石流の大きさを思うと、息を呑み込みます。被災による苦難を乗り越え、今日まで列車を走らせてきた人たちの努力は並大抵ならぬものでしょう。
……
島原では、身なりを整えて汽車に乗り込むご老輩方を多く目にしました。視線は遠く、何を見つめているのでしょう。その風景の一端を私は見られたでしょうか。
加津佐の風を運ぶ最後の汽車は、19時48分、昭和の薫りとともに去ります。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)














最近のコメント