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2008年3月の16件の記事

加津佐の風、昭和の薫り

 「加津佐」と聞いて、すぐにわかる人は少ないと思います。
 加津佐は、長崎県島原半島にある行き止まりの終着駅です。
 島原半島の北東南岸にへばりつくように走る島原鉄道。諫早から島原を経由し、雲仙普賢岳の麓を通り加津佐(南島原市・(旧)南高来郡加津佐町)に至る全長78.5kmのローカル私鉄です。ぜひいまのうち、地図をご覧になってみてください。
 このうち、通称”南目線”(みなんめせん)といわれる部分の島原外港-加津佐間35.3kmが、きょう2008年3月31日をもって廃止されます。
 この鉄道には、「キハ20型」という1950年代に製造された車両が現役で走っています。ドアは手で開け、網棚には網が張られ、窓の下の台は木で出来ています。昭和の時代が薫る”名車”ですが、車齢は50年。いまとなっては部品の調達も容易でなく、こちらも同日限りでの廃車が決まっています。

 半島にあるローカル線の終着駅には興味があります。ここ加津佐にも以前から「行ってみShimatetsu01たい!」と思ってはいたものの、噴火災害の復興を成し遂げた底力の影に安閑としていました。
 昨年1月に同区間廃止の決定が伝わり、遠方であることも相俟って、半ば訪問をあきらめていました。2006年の九州訪問時に対岸の三角まで行きながら、有明海を渡らなかったことを悔やみました。高千穂と違って島原は、復旧して運行を再開していたのに、です。
 南線はもちろんのこと、島原鉄道を走るキハ20が見られるのも今日が最後です。

 その姿を見たい、と私は思いました。
 でも、鉄道雑誌を見れば記事があり、ネットを探せばたくさんの写真やビデオを観ることもできます。だから、わざわざ長崎まで行かずとも、どんなものかは大方の見当がつきます。ありがたい時代です。これで納得しようと思っていました。
 しかし、なんと言えばよいのでしょう。写真やビデオでは伝わらない”モノ・コト”があります。乗客の立ち居振る舞い、車内の匂い、走るときの揺れ、車両そのものがその場にある臨場感、遠くからこだまする汽笛、頬を撫でる潮風、そしてそれらが一体となって醸される土地の空気。こういうものはやはり、「現場」に行かないと実感できません。
Shimatetsu02 南線最後の土日という鍔際になっても頭から離れず、やはり私は島原へ行くことにしました。残された時間は少なく、金曜午後の博多行き「のぞみ」に飛び乗りました(かけ込み乗車ではありません、念のため)。要は決断するか否か。決断すれば、7時間で諫早です。

 現場に来たことは正解です。Img_1395 Img_1430
 とくに、いまにも崩れ落ちそうな普賢岳の山肌が間近に迫り、真新しい橋や構造物の群が物語る火砕流や土石流の大きさを思うと、息を呑み込みます。被災による苦難を乗り越え、今日まで列車を走らせてきた人たちの努力は並大抵ならぬものでしょう。
 ……
 島原では、身なりを整えて汽車に乗り込むご老輩方を多く目にしました。視線は遠く、何を見つめているのでしょう。その風景の一端を私は見られたでしょうか。

 加津佐の風を運ぶ最後の汽車は、19時48分、昭和の薫りとともに去ります。

(第50号)Img_1330

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四国遍路(あとがき)

Img_0619 今回の四国訪問の目的は、あらためて申し上げるまでもないが「高知市立自由民権記念館」であった。
 だから、ブログにはそのことだけを書こうと思っていた。しかし、いきなり「自由民権」という小難しいテーマを掲げても、そんな記事は一部の特異な人の目にしか触れないであろうし、何より書き手の意欲も湧いてこない。
 どう考えても、分不相応な高級酒との出会い、愚図る幼児をあやすかのような「阿佐線」延伸の歩み、そのほか旅先で遭遇した出来事をつづる方が何より面白いし、簡単なのではないか。

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四国遍路第13話(交響曲サンライズ瀬戸)

 ~また逢う日まで、閑話休Img_0938題~

 高松21時26分発、寝台特急「サンライズ瀬戸」東京行き。
 東京まで10時間弱の旅の始まりです。と同時に、四国の旅の終わりでもあります。
 きっぷを見ると指定された部屋は1号車。一番前、先頭まで行かなければなりません。
 2階にある進行右側の部屋にたどり着き荷物を置くともう、発車時刻は間近です。
 バックから、やおらバランタイン30年(第3話参照)と大小2匹のカエルを取り出し、窓際に置きます。約20分後に渡り始める瀬戸大橋から、夜の瀬戸内海を眺めるための支度をすることにしましょう。

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四国遍路第12話(宇高航路)

 ~瀬戸は日暮れて~

 宇野駅に降り立ちました。
 ここはもう、四国ではありません。本州・岡山県です。
 まだ17時前ですから、東京へ帰ることは十分可能です。しかし私が持っているのは、高松21時26分発「サンライズ瀬戸」東京行きの寝台券です。ここでアンパンマンとばいきんまんの闘いが始まりました。

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四国遍路第11話(画竜点睛)

 ~魔の宇多津トライアングル~

 鳴門駅到達をもってJR四国全線完乗を果たしたことは、前話でお話ししたとおりです。
 ”帳簿上”はまちがいなく全線を走破したのですが、現実には通過していない区間のあることが判明しました。
Map_marugame1  一般に「瀬戸大橋線」と呼ばれる区間は、岡山-茶屋町-児島-宇多津-坂出-高松の全長71.8kmを指す愛称です。瀬戸大橋線の正式な路線名と会社は以下のとおりとなります。
  1.岡山-茶屋町 宇野線(JR西日本)
  1.茶屋町-児島 本四備讃線(JR西日本)
  1.児島-宇多津 本四備讃線(JR四国)
  1.宇多津-坂出-高松 予讃線(JR四国)
 なお「瀬戸大橋」とは、全部で10の橋からなる全長13.1kmの橋の総称で、うち海上を跨ぐ橋は合計6つ9.4kmにも及ぶ世界最長の鉄道・道路併用橋です。

 このように本州から橋を渡って来ると、四国最初のImg_0807駅が宇多津ということになっているのです(第5話掲載の地図を参照)。が、”建前の上では”そうなっていても、宇多津駅付近の線路は”実際には”三角形に敷かれていて(左上の地図及び右の写真参照)、坂出・ 高松方面の列車は宇多津駅のホームは経由せず、同駅構内(という名目)の短絡線を経由しています(地図の緑字のア-イ)。

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四国遍路第10話(針路は鳴門へ)

 ~頭の中が”うずしお”に~

 4時30分起床。
 ”毎朝こんなに早く起きて働いたとしたら、もっと偉くなっていたでしょうな”(宮脇俊三著、「最長片道切符の旅」p217より)。
 …早起きはダイの苦手です。ゆっくり寝かせてください。”早起きは三文の得”といいますが、三文なんかいらないし、いまさら偉くなる気もありません。ちなみに「三文」を辞書で引くと、総じて「価値の低いことやものをいう」とあります。二束三文のサンモンです。
 話の方向が大きく逸れていきました。
 ということで、まだ夜です。夜明けの兆候すらない暗闇のなかを駅まで歩くと、意外にもけっこうな人がいます。

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四国遍路第9話(宿毛発多度津経由長浜回り宇和島行き)

 ~オオボケアトムに蛇の目がきらり~

Img_0699Img_0695Img_0697 宿毛駅は、立派な構造の行き止まり駅です。
 しかしここは終着駅ではなく、れっきとした始発駅です。それを証拠に駅構内には、起点を示す0キロポストがあります。
 宿毛については、前話であまりいい話をしませんでしたので、せめてもフォローのつもりで写真の椀飯振る舞いです。

 出発は、Img_0704宿毛7時18分発の窪川行き普通列車。始発列車の方がいいのですが、Img_0700宿毛・中村線が夜明け前になってしまい外が見えないので、2本遅らせました。
 今日は3月9日、日曜日です。当初の予定では、土讃線を阿波池田まで乗り、徳島線、鳴門線に乗車してサンライズで帰ることにしていましたが、周遊きっぷ「四国ゾーン」の有効期間が2日残ること、もう1日あればJR四国全線が完乗となることがわかり、あと1日四国に留まることにしました。
 で、今日向かう先は愛媛県宇和島。昨日通ってきたところですが、土讃線で多度津まで行き、予讃線に乗り換え松山を経由して向かいます。距離にして530.2km。最短距離のじつに10倍以上の大回りです。

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四国遍路第8話(宿毛で)

 ~大浴場は完備でも~

 宿に着くと何やらにぎやかである。聞くと、結婚式の披露宴をやっているとのことでした。時刻は19時半をまわっています。「夕食がまだでしたら」とにぎやかな方を指し示されましたが、荷物を部屋に置いて考えることにしました。
 ところが、部屋に行く途中、廊下の電気は消されて真っ暗、階段の途中に部屋のドアがあったりと不気味。指定された部屋のドアは、まるで機械室にでも入るかのようなものでした。ホテルの御食事処でのカツオ料理を楽しみにしてきましたが、こんな状態ではまともなものは期待できないので、外へ行くことにしました。

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卒園

080318  きょう3月18日、長男は幼稚園を”卒業”しました。
 けして広いとはいえない園庭に、うさぎ、にわとり、くじゃく、やぎ、…などの動物たち、それから大きな木々にも囲まれ、緑あふれる情緒ゆたかな幼稚園でした。
 3年間、運動会に、バザーに、発表会にと。とくに年長さんの1年は、幼稚園の行事もこれでみな最後と思いできる限り参加しました。親も幼稚園に通ったのです。そんな1年、いや3年は、あっという間に過ぎ去ってしまいました。
 「お兄さんお姉さんを送る会」という卒園式。送られる当人たちに、別れ、という感情はないようで、先生や保護者おとなたちだけが涙していました。そこがまた、かわいいんですけどね。

 …修了証書の裏には園舎が描かれています。先生方が一枚一枚、水彩と色鉛筆で塗られたものです。そういうひとのぬくもりの感じられる幼稚園でした。園関係者の皆さま、3年間、本当にお世話になりました。こころより感謝申し上げます。

(第42号)

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四国遍路第7話(予土線)

 ~大正、昭和、そしてハゲ!?~

 四国訪問の目的を果たし自由民権記念館をあとにした私たちは、路面電車で高知駅に向かいました。高架に切り替わったばかりの真新しい駅で昼食をとり、同行者とはここでお別れです。
Img_0644  ホームに上がると、木造のアーチ型天井が頭上を覆っています。覆いのある高架駅は息苦しさを感じるのですが、これだけ高くて大きいと一転、開放感があります。この大屋根は「くじらドーム」とよばれ、東西(長さ)60.9m、南北(幅)38.5m、高さ23.3mで駅全体をすっぽりと覆う構造で、高知県内24市町村で伐採された杉の原木は、長さ4mの丸太にして8千本にも及ぶといいます。ただ、あまりに大きすぎて、風雨の際の吹き込みを心配してしまうのは余計なお世話でしょうか、ね。

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四国遍路第6話(高知市立自由民権記念館)

 ~自由は土佐の山間より~

 旅の良し悪しは、点と線の調和如何によって決まることが多い。
 ”乗りつぶし”は線の旅になりがちで、線だけの旅は、あとで印象の薄いものになってしまいます。そうかといって点をとり過ぎますと、アリバイ作りでもしているかのような味気ないバスツアーみたいで、それもいただけません。点を重視していますと、今度はいつまでも乗りつぶしが先に進まない事態になりかねません。ここの微妙な配分をどうするか、旅行前にはいつも時刻表と格闘することになるのです。
 しかし、日程立案者の力量不足のため、二兎を追う者…の図になることもしばしば。どちらかを犠牲にすると頭を使わずに済みますから、結局のところ、まんべんなく調和させることをあきらめてしまいます。
 今回は”線”を重視したために、日和佐薬王寺で厄を落とした以外、東京から長い線を引き続けてきました(第4話参照)。このあとも線が続きます(次話以降)。それでもまともな”点”がないと、家族への言い訳も立ちません。仮にその点が薬王寺であったら、私の帰る家はないかもしれません。
 そこですえた点とは、「高知市立自由民権記念館」です。もっとも今回は、最初にこの点をすえ、そこに線をあてはめたのですが。

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四国遍路第5話(阿佐線)

 ~線路がつながる日はくる?~

Shikoku_e  日和佐駅に戻ると、先ほど薬王寺で写真を取り損ねた「ゆうゆうアンパンマンカー」が停まっていて、ホームにはたくさんの幼稚園児がいました。発車する様子は見受けられず、道の駅で絵葉書を買い求め、同行者と雑談をしているうちに、12時21分発の海部行き普通列車が2両編成でやってきました。
 列車では見られないという千羽海崖を見てみたいと思いましたが、それでは乗りつぶしにならないのでじっとこらえて乗り込みます(”千羽海崖は日和佐港外から南へ二キロにわたって続く断崖で、高いところは二五〇メートルにも及ぶという”~「時刻表2万キロ」より)。
 ボックスシートでおにぎりを頬張っていると12時42分、牟岐に着きます。上り特急「むろと2号」と行き違うため、10分ほど停車。牟岐からさらに15分ほど乗って13時11分、牟岐線の終点海部に着きます。終点とはいっても短いホームの先に線路は続いていて、ここで乗り換えを余儀なくされる理由など見受けられません。単に会社が変わるからですが、こういう不便は解消してもらいたいものです。
 さて、徳島から、地図に長い紐を落としたように南下し、半島でもない場所で行き止まりになってしまっている牟岐線というのは、どういう路線なのでしょうか。これをひもとくには、かなり歴史をさかのぼらなければなりません(地図は,JTB時刻表2007年8月号から引用)。

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四国遍路第4話(日和佐薬王寺)

 ~四国第23番霊場・薬王寺~

 私たちを乗せた「サンライズ瀬戸」は、東海道を走り抜け、山陽道へ進みます。6時過ぎ、定刻どおりの岡山到着を告げる朝一番の車内放送が流れ、目を覚ましました。東京駅からここまでいっしょに走ってきた「サンライズ出雲」号を切り離し、列車は岡山駅をあとにします。
 顔を洗うなどするうち、列車は、本州最後の駅・児島を発車し、鷲羽山トンネルを抜けたあと瀬戸大橋を渡り始めます。大小の島々が点在する瀬戸内海をわずか7~8分で渡り終え、四国に上陸しました。
 実は、四国上陸は二度目。昨年、どうしても四国の地を踏みたく、瀬戸大橋を渡り最初に停まった坂出駅に降り立ちました。駅前のサティで足早に食料を買い込み、上りの「サンライズ瀬戸」で折り返しています。四国で坂出サティ以外には行ったことがなく、実際上の四国旅行は今回が初めてとなります。
 定刻7時26分、高松駅に到着。今回の四国訪問の目的地・高知へ向かうには、土讃線の列車に乗り継ぐのがふつうですが、”乗りつぶし”のために、これから逆の方向をめざし、徳島、そして室戸岬を経由します。大変な大回りです。

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四国遍路第3話(旅立ち)

 ~旅の始まりは、一杯のウイスキーから~

 私たちを四国へいざなうのは、寝台特急「サンライズ瀬戸」。東京の発車が22時00分とやや遅め。なので、列車に乗り込んだらすぐにウイスキーが飲めるよう、どこかで”先触れ”をしておかなければなりません。

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四国遍路第2話(瀬戸の花嫁)

 けさ、訪問先の四国から戻りました。
 今回の四国訪問、高知市の”とある施設”の見学が主たる目的でしたが、従たる目的として”乗りつぶし”も行いました。
 駆け足でしたけど、JR四国(土佐くろしお鉄道及び阿佐海岸鉄道を含む)の全線を走破して参りました。鉄分濃度が一気に高まり、いまだに身体が左右に揺れているような感じがします。酒の影響かどうかは区別できません。
 JR四国のいくつかの駅では、列車の接近時、ホームに「瀬戸の花嫁」や「アンパンマンのマーチ」などのメロディが流れます。「瀬戸の花嫁」は、”瀬戸は日暮れて夕波小波~~大丈夫なの”まで、なんと30秒以上。これがけっこう耳から離れません。
 帰ってきた話をしたところでふつうはお仕舞いですが、時間を見ながら記事を書いていきます。

 (第3話へつづく)

(第36号)

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四国遍路(プロローグ)

 四国に来ています。
 遍路は遍路でも鉄道の遍路ですが(もちろん、四国訪問の主たる目的は鉄道ではありません)。
 さて、本日通り過ぎたJR土讃線に大杉という駅があります。あたりは杉が多く、赤茶色に色付く山並みが花粉症の身につらい、どちらかといいば゛多杉゛の方が正しかろうというところでした。
 そうかと思いきや、駅周辺には樹齢3千年にもなる日本一の゛大杉゛があるというので、なるほど、すばらしい地名だと納得してしまった次第です。

(第35号)

               *          *          *

*「四国遍路」全14話
四国遍路第2話(瀬戸の花嫁)
四国遍路第3話(旅立ち)
四国遍路第4話(日和佐薬王寺)
四国遍路第5話(阿佐線)
四国遍路第6話(高知市立自由民権記念館)
四国遍路第7話(予土線)
四国遍路第8話(宿毛で)
四国遍路第9話(宿毛発多度津経由長浜回り宇和島行き)
四国遍路第10話(針路は鳴門へ)
四国遍路第11話(画竜点睛)
四国遍路第12話(宇高航路)
四国遍路第13話(交響曲サンライズ瀬戸)
四国遍路(あとがき)

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